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薄曇りの空から静かに雨が降り続けていた。 小さな部屋の中、暖炉の火はすでに消えていて灰になった炭が冷たく沈黙している。 窓際の丸テーブルには、紅茶が二人分。 そしてその中央に置かれた真っ赤な染みが乾いたナイフ。 刃先にこびりついた黒ずんだ血だけが夜の狂気の名残を物語っている。
🇫🇷「bonjour.モンシェリ、情熱的な夜だったねぇ……」
フランスは学術書をめくる手を止めずにそう言った。 視線は紙面に落とされたまだった。 ソファの上で、イギリスがゆっくりと上半身を起こす。 シャツの襟は破れ、左肩には包帯が雑に巻かれている。 痛みのせいか顔をしかめながらも、唇にはいつもの笑みが浮かんでいた。
🇬🇧「good morning.フランス。その口よく動きますね。私を刺したのに。」
イギリスは立ち上がり、フランスの前の椅子に座った。 湯気を立てる紅茶の香りにイギリスが 少しだけ目を細める。
🇬🇧「気遣ってくれるですか?珍しい。」
🇫🇷「毒を入れていないとは言ってないけどね。」
くすくすと笑いながら、フランスはもう一つの紅茶に口をつけた。 その瞬間イギリスの目がわずかに細められる。
🇬🇧「……何度目です、これで?」
沈黙の中、雨の音だけが部屋を満たす。
フランスは少し考えるふりをして、首を傾げる。
🇫🇷「さあ。七度目?八度目?それとも、最初からの続きだったのかもしれないね。」
フランスの指がナイフの柄に触れる。
けれど、それ以上は何もしない。ただ、じっとイギリスの顔を見つめるだけ。
🇫🇷「次は、確実に刺よ。心臓を。」
🇬🇧「私の心臓は、あなたのものだったはずですが?」
🇫🇷「………」
紅茶が冷めていく中で、ふたりの視線だけが交差し続けている。 どちらも壊れている。 でも、壊しきれない。 死ねない。終われない。 それでも朝は来る。 イギリスはゆっくりと立ち上がり、台所の方へ向かう。
🇬🇧「……さて、朝食は?」
フランスは、その背に向かって微笑む。
🇫🇷「焼きすぎないでね、僕のトースト。」
꧁—数カ月後—꧂
外交晩餐会のホールは、きらびやかな音楽とワインの香りに満ちていた。 各国の代表たちが礼儀正しく笑い合い、形式的な握手と皮肉交じりの会話が交わされる。 その中心で、アメリカがひときわ明るく笑っていた。
🇺🇸「Hey、フランス!ひっさしぶりにまともなスーツ着てんじゃん!」
🇫🇷「ひどいなあ。まぁ、お前がネクタイを曲げてるのはいつも通りだな。」
アメリカの腕がフランスの肩にまわされる。 その無邪気な接触に、フランスはわずかに呆れていた。
🇫🇷「それで今日は誰と絡むつもりだ?あのイタリアか?それとも……」
視線がイギリスを追う。彼は、シャンパングラス片手に誰かと談笑していた。 フランスの知らない外交官の女。楽しそうに、甘く笑っている。 その笑みを見た瞬間、フランスの中の何かがピキリと軋んだ。
🇺🇸「おいフランス、顔が怖ぇって。なに見てr」
🇫🇷「見るな。」
フランスはアメリカの腕を振り払い、静かにその場を離れた。 背後でアメリカが呟いたのを、彼は聞いていないふりをした。
🇺🇸「……あいつら、なんか変だよな。前から……」
フランスがふと視線を逸らし、誰にも気づかれぬようグラスをテーブルに置く。 そのまま、ホールを抜ける裏口へ。 少し遅れて、イギリスもれを追うように、足音を殺して立ち上がった。
気づいていた。
アメリカは、フランスがどこを見ていたかを。
🇺🇸(あの目……普通じゃねぇ。)
だから、自然を装って廊下へ出た。 誰にも気づかれないように、イギリスの後を追う。 長い廊下の向こう、ホテルの上階にある専用フロアの扉が静かに閉まるのを見た。
🇺🇸「……あそこって、要人以外使っちゃいけないフロアじゃないのか。 」
何かおかしい。 そう思いながら、アメリカは階段を上がる。
◇◆部屋の中◇◆
🇫🇷「ねぇ、どういうつもりだったの、さっきの女は。」
フランスの手が、イギリスの胸倉を掴む。
笑っていたイギリスは、今は静かに目を伏せている。
🇬🇧「外交ですよ、フランス。あなただってわかってるはずですよ?」
🇫🇷「ふざけるな……。」
ドンッと壁に叩きつけられる。
額が切れ、血が頬を伝う。
イギリスは構わず笑った。
🇬🇧「また嫉妬ですか。……あなたは可愛いですね、壊れそうで、壊せなくて。 」
🇫🇷「次は本当に殺す。お前が他の奴を見たら……その瞬間に」
🇬🇧「はい、知ってますよ」
フランスの手には、細いナイフ。
震える指先が、それをイギリスの胸に向ける。
🇫🇷「浮気したら、お前を殺したあとに俺も死ぬ。」
🇬🇧「じゃあ刺せばいいじゃないですか、今ここで。あなたはきっと、殺したあとも私の名前を呼び続けるだろうけど。」
ドアノブが微かに動いた。
二人が同時に振り返る。
🇺🇸「……は?」
そこには、ドアをわずかに開けたまま、固まって立ち尽くすアメリカの姿があった。
🇺🇸「――お前ら、なにやってんだよ。」
静まり返る部屋。 フランスは、まるで観劇を楽しむ貴族のように、唇の端を吊り上げて言った。
🇫🇷「秘密は、バレるから美しいんだよ。ねぇ、イギリス?」
フランスは一歩、イギリスから下がり、 アメリカと目を合わせた。 アメリカは困惑していた。 だが、その手には扉のノブ。 逃げるには、遅すぎた。
フランスはゆっくりと近づいてくる。 ナイフを手にしたまま。
🇫🇷「見た?」
🇺🇸「見た、けどそれって……何だよ?
さっきの“浮気したら殺す”って、マジで言ってんのか? 何だよそれ、お前ら恋人なのか?違うのか? なんなんだよ――。」
言葉が続かない。
フランスは、ふっと笑った。
🇫🇷「お前の知ってる“愛”じゃない、アメリカ。 俺たちのは、もっと深くて、腐ってる。」
その瞬間、フランスは振り返り、
イギリスの胸元にナイフを突き立てた。
🇬🇧「ッ……!」
鈍い音。血の匂い。
イギリスが呻きながら笑う。
🇬🇧「……ああ、やっぱり好きですよ、フランス。ほんと、最ッ高。」
アメリカは動けなかった。 口を開けたまま、声が出ない。 目の前で繰り広げられるのは、恋愛か、殺意か、演劇か、儀式か。
🇺🇸「なん……なんだよ、これ……。」
彼はただ呟く。 答えを求めていたはずなのに、 見せつけられたのは“答えのないもの”だった。
フランスは彼を見下ろしながら言った。
🇫🇷「答えなんてあると思うなよ、アメリカ。 お前の正義じゃ測れない場所に、俺たちはいるんだ。」
ナイフを刺しながらながら、フランスが口元に手を当てて笑った。
🇬🇧「さぁ、帰りなさい。あなたにはまだ純粋でいられる時間が、きっとありますから……。 」
扉が閉まり、静寂だけが残った。 アメリカの頭には ナイフと、笑いながら刺されるイギリスの顔が焼き付いていた。
――脳が、ぐちゃぐちゃになる。
꧁—翌日—꧂
カーテンの隙間から差し込む陽光。 どこまでも静かな朝。 鳥が囀る音だけが響く。
部屋の中には、 昨日と変わらぬ、 湯気を立てる紅茶と、2人分の椅子。 その片方にフランスが座っていた。 学術書をめくる、彼のテーブルの前の皿には焼きすぎたトースト。 もう一方の椅子には、昨日、胸を刺されたはずのイギリスが当然のように座っていた。 包帯はある。 血の跡もまだ残る。 それでも、彼の手元には紅茶があり、 口元には微笑がある。
🇫🇷「おはよう、アーサー。今日のトーストも固いね。」
🇬🇧「うるさいですね。いつも通りです。」
🇬🇧「あなたは 昨夜、私を刺したことなんて、もう忘れましたか?」
🇫🇷「覚えてるよ。ちゃんと心臓は外した。君の言うとおりにな。」
🇬🇧「優しいですね。殺すなら、いつでもいいのに。」
静かすぎる会話。 まるで老夫婦のような、穏やかで日常的な毒のやりとり。
沈黙のあと、イギリスがふと呟いた。
🇬🇧「ねぇ、フランス。これで、何回目ですか?」
フランスは紅茶を飲みながら、少しだけ目を伏せた。
🇫🇷「さあね。たぶん……八回目か、九回目か。 でも、死ねないからね。俺たちは。」
🇬🇧「死ねませんよ。だからまた、今日も朝が来る。」
どちらからともなく微笑み合う。 壊れて、歪んで、でも繋がっている。
🇬🇧「次は、どんな理由で刺されるんでしょうね。 」
🇫🇷「何もなくても刺すさ。君が笑ってるだけで十分だ」
🇬🇧「それは、愛の告白と受け取っても?」
🇫🇷「bien sûr.」
朝の光が、ふたりの影を淡く揺らす。
もう何度目かの朝。 国であるがゆえに、死ぬことも別れることもできない。 それでも続いてしまう、この狂気のループ。
今日もまた、朝が来る。