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馬車は時折、轍のくぼみに揺れながら、乾いた大地を走る。
 窓の外には、黄金色の草原がどこまでも広がり、アレンは遠くに見えるグランベルト王国を静かに見つめていた。
 高い城壁と整った街並み、そして、かつて自分が過ごした場所――。
 (……今はもう、僕の帰る場所じゃない。)
 アレンは小さく息を吐き、視線を外した。
 「おーい、アレン!お前、何しんみりしてんだ?」
 カイルが隣で伸びをしながら、楽しげに笑う。
 「学園生活が楽しみすぎて、今から緊張してるのか?」
 「……そうかもね。」
 アレンは曖昧に微笑んだが、カイルはすぐに「嘘つけ」とでも言いたげな顔をした。
 「ま、色々あるんだろうが……今はとりあえず、ワクワクしとけよ!せっかくの新生活なんだしよ!」
 「……そうだね。」
 カイルの楽天的な言葉に、アレンは少しだけ肩の力を抜いた。
 ふと、左耳に触れる。
そこには、アリアから餞別として贈られた認識阻害の赤いピアスが光っていた。
 (……僕の見た目も、変わったんだよな。)
 アレンは馬車の小さな窓に映る自分を見つめる。
 蒼い瞳と銀髪 だった姿は、今では 碧眼と金髪 へと変わっていた。
この変化によって、父や妹――そしてグランベルトの人間に気づかれる可能性はぐっと下がる。
 「似合ってるぜ、そのピアス。」
 「……そう?」
 「おう!けど、せっかくのイケメンが地味になった気がするなぁ。銀髪の方が目立ってよかったのに!」
 「目立たない方がいいんだよ……。」
 「はいはい。」
 軽く流しながらも、カイルはどこか安心したように笑った。
 「ま、学園でも目立つぐらい強くなりゃいいだけだな!」
 「……ふふっ、そうだね。」
 そんなことを考えながら、ふとカイルの指に目を向ける。
 「カイル、その指輪……意外と似合ってるよ。」
 「おう!この収納機能付きの指輪、めちゃくちゃ便利だよな!ほら!」
 カイルが指輪に触れると、炎の魔力が揺らめき、彼の愛用の槍が瞬時に現れる。
 「これならいちいち背負ってなくてもいいし、いつでも武器を取り出せる!……って、アレン、お前も持ってんだから試してみろよ!」
 「うん、そうだね。」
 アレンも同じように触れてみると、柔らかな星の煌めきが手元に集まり、彼の剣が現れたのだ。
鋭く、手に馴染む感覚。これが、自分の戦いの証。
 「ふっ、やっぱりカッコいいな!」
 「カイル……こういうの、好きだよね。」
 「当たり前だろ!冒険者なんだから、ロマンは大事だ!」
 二人が他愛もない話をしていると、馬車は次第にグランベルト王国へと近づいていた。
 門まで残り1km程という時ーー。
 「うわぁぁぁぁあ!」
 突如として、空気が張り詰める。馬車を引く馭者の男が叫びを上げる。
乾いた風がざわめき、影が覆いかぶさった瞬間――。
 それを引き裂くような鋭い鳴き声が響き渡った。
 ギャアアア!!
 カイルが顔を上げた瞬間、巨大なワイバーン――【ヴォルグリム】が猛然と襲いかかってきた。
鋭い爪が馬車を引く馬を襲おうとするのを見て、アレンは即座に剣を握る。
 「なっ!ワイバーン!?」
 「くそっ!俺たちを狙ってやがる!」
 カイルが慌てている中、アレンは窓を開け屋根に登った。その勢いのまま馬の上に飛び出し、ワイバーンの爪を弾く。
 ギンッ!
 受け身を取り、着地。ヴォルグリムを睨みつけているとカイルもすぐに後を追ってきた。
 「アレン!無事か!」
 「…ああ。」
 カイルは深刻な表情で槍を構える。
 「ったく、旅の締めにしては厄介すぎんだろ!」
 「……カイル!」
 「おう、作戦立てたのか?」
 アレンは素早く状況を判断し、指示を出す。
 「カイルの魔法で僕たちを狙わせる。ワイバーンが反応したら、馬車を離れて戦う! その後、君の槍に僕が乗るから、思い切り投げてくれ!」
 「はぁ!?無茶言いやがる…!」
 「……できるよね?」
 アレンがじっと見つめると、カイルは苦笑しながら槍を回した。
 「へっ!お前の無茶に付き合うのも、もう慣れたぜ!」
 カイルが槍を地面に突き立て、詠唱する。
 「紅の霧よ、視界を奪え!【 パイロ・スモーク!】」
 濃厚な燻る煙が広がり、周囲を覆った。
ヴォルグリムの視界が奪われた隙に、アレンとカイルは素早く馬車から離れる。
 「よし、次は……!」
 「こっちだカイル!」
 カイルがアレンの方向へ走りながら、槍の先に炎を灯す。
 「燃えろ、小さき火種よ! 【エンバー・ショット!】」
 小さな火球が次々と発射され、ヴォルグリムの鱗を叩く。すると、 鋭い眼光でこちらを睨み咆哮しながら急降下。
 「よし、これで狙いは僕たちに……ってやばい!避けろ!」
 「うお!」
 間一髪の所で鋭い爪を回避する。後には抉れた地面と土埃が舞っていた。
 「あっぶねぇぇ…!」
 「カイル、槍を!」
 「ああ!来い!」
 アレンがカイルの右後方から疾走していた。タイミングを合わせて前方宙返りをし、カイルが回転で延伸力を加えた槍に足をかける。
 「うおぉぉぉ!ぶっ飛べぇぇ!」
 カイルが槍を思い切り振りきり、アレンを空中へと投げ出した。
 それと同時に。
 「燃え盛る嵐よ、舞い踊れ! 【イグニス・ストーム!】」
 燃え上がる火柱が竜巻となり、アレンの体を包み込む。
炎を纏った剣が、ヴォルグリムへと向かっていく。
 「喰らえ――!!」
 アレンの渾身の一撃が、ヴォルグリムの首を切り裂こうとする――が。
 ブンッ!!
 ヴォルグリムが空中で後方宙返りをした勢いのまま尾をアレン目掛けて振り下ろしてきた。
 バギンッ!
 その勢いに弾かれ、アレンの体が吹き飛ぶ。
 「くっ……!!」
 アレンの身体は空気を切り裂きながら急降下する。
 ドォォン!!
「がはっ!」
 背中から大地に叩きつけられ、肺から無理やり息が押し出される。
視界が揺れ、耳鳴りがした。手足が痺れ、思うように動かない。
 「くっ…そ!」
 ヴォルグリムは空からアレンを見下ろしたまま、口からは赤い光が発せられる。灼熱のブレスが、アレン目掛けて放たれようとしていた――。
 その瞬間ーー。
 バチィィン!!
 雷鳴が響いたかのような鋭い音。
 一瞬の閃光。
 ヴォルグリムの首が、断ち切られたことにすら気づかないまま、ゆっくりと落ちていく。
アレンとカイルが驚きの表情を浮かべる中、風に舞うマントが視界に入る。
長身の男が、一振りの剣を手に立っていた。
 「……無事か?」
 低く響く声。
 それは、グランベルト王国騎士団長ヴァルター・エーベルハルト。
彼の剣には、未だ雷光を纏っていた。
 「はい。…まさか、騎士団長様が助けてくださるなんて。ありがとうございます。」
 アレンがよろめきながら立ち上がると、ヴァルターは静かに剣を納めた。
 「ほぅ、君は私のことを知っているのかね?」
 (しまった!)と思ったがすぐに平静を保ち、言葉を繋ぐ。
 「そ、それはギルドマスターから聞いていてっ!」
 「そうか、ギルドマスターか。名前は…?」
 ヴァルターが質問を投げかけようとした時、カイルがやってきた。
 「助かりました!いやー、マジで死ぬかと思ったぜ!」
 カイルがお礼を言うと、ヴァルターは笑顔で返した。
 「いや、気にするな。君たちが無事で何よりだ。 王都に向かうのなら、正門まで同行しよう。」
 「あ、ありがとうございます。」
 こうして、アレンたちは騎士団長と共にグランベルト王国の正門へと向かった。
 正門で手続きを済ませ、騎士団長に軽く挨拶をして別れた。
 「では、君たちの新たな門出に幸運を。」
 ヴァルターはそれだけを言い残し、静かに去っていった。
 アレンとカイルはしばし彼の後ろ姿を見送り、やがて王都へと足を踏み入れるのだった。