テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一方、その頃――。
僕は白石さんの同人誌販売ブースで、自分のしでかしたことの過ちの重さに、一人呆然と立ち尽くしていた。そこへ、メイク直しと次の撮影準備を終えた美咲が戻ってきた。
「お兄、お疲れ! どうだった?アタシの最高傑作。まさに神懸かってたっしょ!」
「……ああ。……ごめん。彼女を傷つけた。自分みたいな日陰者が隣にいるのは、分不相応だって……言ったんだ」
「……はあ? お兄……それ本気で言ってんの?」
美咲の瞳から色が消え、代わりに職人として、そして表現者としての静かな、しかし激しい怒りが宿った。
「いい? 白石さんが、お兄に、たった一人の人に見てほしくて、どれだけの勇気を振り絞ってあの場所に立ったと思ってるの! その真っ直ぐな気持ちを、『モブだから』なんて卑怯な言葉で突き放してどうすんだよ」
「あんたが『主役』にならなくて、誰が彼女の隣に立つんだよ! 自分の価値を勝手に決めて逃げてんじゃないよ!」
妹の叱咤が、僕の心を深く抉った。自分の卑屈さが、彼女の献身まで傷つけていた事実に、僕は拳を固く握りしめるしかできなかった。
その時だった。スマホが、震えた。画面には「部長」の文字。
「……はい、春川です」
『春川! 悪いが、今すぐ会社に来れるか!? サーバーがダウン寸前だ。一刻を争う!』
「……了解しました。すぐ向かいます」
電話を切った僕には、なぜか迷いは消えていた。
「……ごめん、美咲! 夕方には必ず戻る!」
人混みを掻き分け、僕は駆け出した。 走り出したその背中は、もはや背景に溶け込む「モブ」のそれではなく、ようやく主役になろうと決意した一人の男のそれだった。
#溺愛