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【韓国 ・平昌郡(ピョンチャングン)】
韓国・平昌の緑豊かな田園地帯、ソウルから車で約1時間のこの静かな地に、ジョンハンの別荘はまるでそこだけが異次元の様に、豪華絢爛に佇んでいた
表向きは優雅な交流会が開かれる場所として知られるこの別荘には、半年に一度、韓国や世界中の政財界の大物、芸能界や裏社会の有力者が集まり、三日三晩にわたる豪華絢爛なそれは素晴らしいパーティーが連夜繰り広げられる
しかしその裏では、邪悪な儀式と闇の取引が蠢いていた
昼間は穏やかな陽光に照らされ、周囲の牧草地や遠くの山々が絵画のような美しさを湛えるこの場所も、その別荘の地下に広がる要塞はまったく別の世界だった
別荘の地下深く潜っていくと、冷たく湿った長く続くコンクリートの廊下に、裸電球が一つだけ吊り下げられていた、その頼りない光は、薄暗い空間に不気味な影を投げかけ、壁に刻まれたひび割れや剥がれかけた塗装を浮かび上がらせていた
電球は時折チカチカと点滅し、まるでこの場所の生命そのものが不安定であるかのように感じられた
廊下の奥からは、低い唸り声のような音が響き、それが風の音なのか、機械の駆動音なのか、それとも何かもっと恐ろしい者の気配なのか、判別することはできなかった
力はその地下の牢屋に閉じ込められていた
鉄格子の向こうに閉ざされた力のいる小さな部屋は、コンクリートの壁と床に囲まれ、湿気でカビ臭い空気が漂っている
部屋の隅には錆びた鉄のベッドフレームと薄汚れたマットレスがあり、力はその上に腕を拘束され、ぐったりと寝転んでいた
1か月もの幽閉生活はすっかり力を変えていた
黒髪は伸び放題で、脂と埃でべっとりと額に張り付き、かつての彼の麗しさや艶やかさは失せていた
無精ひげが顎を覆い、優しい瞳は疲労と絶望で曇っている、着ている白いTシャツは汗と汚れで灰色に変色して所々が破れていた
ジーンズも膝のあたりが擦り切れ、足元には片方の靴が無く、ここに収容された当初、あんまりにも彼が暴れるので、今は手首にプラスチックの結束バンドが括られ、その跡が皮膚を裂き、動くたびに鈍い痛みが走る
それでも力の瞳にはまだ消えていない炎があった、沙羅の事を思う度、心の奥で小さく燃え続ける怒りと、どうにかここを脱出するという決意がなんとか彼を正気に保つ事を許していた
「沙羅・・・」
力は小さく呟き・・・握りしめた拳を膝に押し当てた、喉はカラカラで、声はかすれていた
牢屋には水の入ったプラスチックのボトルが一つだけ置かれ、食事は一日一回、硬いパンと薄いスープが鉄格子の下から押し込まれるだけだった、それでも拘束されたままの手では満足に食べられなかった
栄養不足で彼の体は目に見えて弱り、かつての筋肉質な体型はわずかに痩せ細っていた、それでも、力は諦めていなかった
ケホッ・・・「なんとしてもここから出ないと・・・」
そう考えを巡らせていると、誰かがこちらに歩いてきている気配を感じた、地下の廊下を革靴の足音がコツコツと響びいてくる、力はハッと顔を上げ、鉄格子に近づいた
電球の光が揺れて長い影が壁に映る、やってきたのはジョンハンだった
英国系韓国人のこの敏腕プロデューサーは、今日は黄色いスーツに身を包み、冷たい笑みを浮かべていた、銀縁のメガネの奥の目は、まるで高級なブランド商品を値踏みするような光を放っている
ジョンハンの背後には屈強なガードマンが二人、彼の後ろで無表情で控えていた
「随分、くたびれている感じだが、まだまだお前の輝きは失われていないな・・・力」
ジョンハンの声は滑らかでどこか楽しげだった
「今夜は君のショーがあるよ、準備は出来ているかい?」
力はさっと立ち上がり、鉄格子にドカンッと体当たりした
「何を企んでいるんだ!ジョンハン!犯罪だぞ!僕をここから出せ!」
ジョンハンはクスクスと笑い、ポケットからタバコを取り出して火をつけた、煙がゆっくりと立ち上り、裸電球の光に照らされて不気味に揺れる
「企む? おやおやリキ・・・君は相変わらずドラマチックだな、私はただビジネスをしているだけだよ、君のようなスターは特別な価値がある、今夜のショーは君が最後のメインイベントだ」
「メインイベント・・・?」
力の心臓が早鐘を打った
ジョンハンが言う「メインイベント」とは、たぶん地下で行われる闇のオークションのことだ、力は噂で耳にしたことがあった・・・
この別荘の地下では、富豪や権力者たちが集まり、人身売買や禁断の取引が行われるという、しかし今の今までそれは夢か伝説の様なもので、まさか自分が生きて来た芸能界で、そんな映画のような世界が繰り広げられているなんて思わなかった
しかしここにずっと幽閉され、自分がその「商品」として出品されようとしていることを悟った今、背筋に冷たいものが走った
「ジョンハン・・・こんなことは許される事じゃないぞ!」
力の声は低く、怒りに震えていた、それを聞いたジョンハンは肩をすくめて煙を吐き出した
「それが許されるんだな力・・・お前のファンやメンバー達はお前の偽物で十分満足してるよ、あの影武者はなかなか優秀だ、少々『偽物だ』と騒いでいるお前のファンがいるが、私が雇ったネット工作員達がそういう輩を全部『陰謀論者』に仕立てているよ、誰も信じないさ」
ジョンハンはニヤリと笑い、力をさらに挑発するように言葉を続けた、力は鉄格子に額を押し付け、歯を食いしばった
ジョンハンの言葉は鋭い刃のように心を切りつける、だが同時に本当にメンバーは自分の事をこれっぽっちも気にしていないのだろうか、自分がもし反対の立場だったら必死で仲間を探している所だろう
そして沙羅の優しい瞳と音々の無邪気な笑顔が脳裏に浮かんだ
自分にはどうしても帰らないといけない場所がある、こんな所でぐずぐずしてはいられない
「今夜のオークションが終われば、君はもうこの世に存在しないも同然なんだ・・・力・・・なぁに!すぐに新しい生活になれるよ、見知らぬ国で誰かの奴隷になるのも良いものさ、気に入られたらソイツと寝て、メシだけ食ってればいいのだからな」
彼はタバコを床にポトンと落し、靴のつま先で踏み潰した
「今夜はスターのお前に最後のステージを用意したよ、どうか楽しんでくれ」
ジョンハンは踵を返し、ガードマン達と共に廊下の闇に消えた
ガツンッガツンッ「待て!!ジョンハン!!ここから出せっっ!ジョンハーーンッッ!」
力は鉄格子に拳を叩きつけ、何度も体当たりした
心臓は激しく鼓動し、怒りで目の前が真っ赤になる、そしてさんざん暴れて疲れたら、ズルズルと再び誰もいなくなった廊下の気配を感じながら格子にもたれた・・・
力は目を閉じて沙羅と音々のことを思い浮かべ・・その束の間の幸福に現実逃避した
「沙羅・・・」
力の声は地下の冷たい空気に吸い込まれてかすかに反響した
別荘の地上では豪華なパーティーが始まろうとしていた、シャンデリアが輝く広間には、ドレスアップした世界中のジョンハンと繋がりを持つ国賓達が集まり、シャンパングラスを手に談笑している
しかしその華やかな喧騒の下で、地下の闇は静かに蠢いていた、今夜、力はオークションの出品物として出される、しかし脱出するチャンスもそこにあるだろう
「必ず帰るから・・・ちょっと待ってて・・・」
力の声が闇にかき消された・・・
裸電球がまたチカチカと点滅し、地下の闇に不気味な静寂が広がった
・:.。.・:.。.
深夜0時・・・
韓国、江原道平昌郡のジョンハンの別荘・・・その地下深くに広がる要塞のオークション会場は、邪悪な熱気と欲望に満ちていた
100人以上を収容する円形のホールは、四隅に赤々と燃える松明の光と、中央のステージを照らす冷たいスポットライトによって、不気味な雰囲気に包まれていた
黒いフード付きマントに身を包んだ参加者達が、ざわめきながらステージを見つめている
そして不気味な鐘と共にジョンハンの主催する半年に一度の秘密のパーティー最終夜、地下の巨大なホールで闇のオークションが始まろうとしていた
100人以上を収容できる広大な部屋は、まるで中世の儀式場を思わせる不気味な雰囲気に満ちていた、四隅に設置された松明が赤々と燃え、揺れる炎が石壁に長い影を投げかける
中央には六角形のステージがあり、冷たいスポットライトが一点に集中し、まるで獲物を照らす狩人の目のように光っていた
部屋に集まった参加者達は、全員が黒いフード付きのマントに身を包んでいた
顔を隠すフードの下からは目だけがキラリと光り、誰が誰か分からない様になっていた、そこにあるのは、ただ欲望と好奇心だけ渦巻いて、今日のオークションの出し物を予想している
前回は中国の唐から生け捕りにされたベンガル虎だった、オークションで買い取った持ち主はその場でトラの解体ショーを参加者に披露して、それは伝説になるぐらい盛り上がった
きっと今回も参加者の度肝を抜いてくれる、出し物があるに違いないと期待に胸を躍らせていた
参加者は韓国や日本の政財界の大物、裏社会の顔役、そして海外から来た謎めいた富豪達だ、彼らの囁き声が、部屋の空気を重くしていた
今力は地下牢から引きずり出され、檻に入れられ、ステージへと連れてこられていた、眩しいスポットライトをサーカスの獣の様に全身に浴びせられている
手首にはプラスチックの結束バンドが擦れた皮膚を裂き、血液が腕に垂れている
一か月に渡る幽閉生活で、彼の姿は変わり果てていたが、力の持つ輝くカリスマ性とハンサムな顔、艶っぽい男性の魅力は増す一方で、女の参加者達は彼をひと目見るなり歓声をあげた
「離せ! この拘束を解け!!」
力がステージの中央で叫び、閉じ込められた小さな檻にドカン、ドカン体当たりをしている、屈強の用心棒二人が力の檻の両脇をがっちりと檻が倒れないように押さえている
観客席の黒いフード達があきらかにざわついて、興奮した人々の囁き声が波のように広がった
「本物だ・・・」
キャーッ「本当にリキよ!」
「偽物じゃない、間違いない!」
「ブラックロックの「力」だ!」
「俺のためだけに歌わせよう!」
「あたしよ!」
「あの檻ごと持って帰ろう!」
「力を好きに出来るなんて最高だ!」
「何としても競り落とす!」
彼らの声には欲望と狂気が混じっていた
ステージの脇に立つジョンハンは、彼も同じく黒いマントに身を包み、フードの下で冷酷な笑みを浮かべていた、銀縁のメガネが松明の光を反射し、まるで悪魔の目のように輝く
彼はゆっくりと手を挙げ、マイクを持ってアナウンスした
「それでは皆さん、今夜の目玉商品です、ご存じの通り「ブラックロックのリードボーカル、リキ! 」」
ワァッと歓声が部屋中に広がる
「世界に名を馳せるスターの価値を、あなた達の財力で示してみましょう! 最初は百億ウォンから!」
ジョンハンの滑らかな声が会場に響き、観客達が一斉に手を挙げる
「百億一千ウォン!」
「百億二千ウォン!」
値はみるみる釣り上がり、会場の熱気は最高潮に達していた
「お前ら! 狂っている!」
力が再び怒りと絶望が混じった獣の様に咆哮し、右へ左へ檻に体当たりする、観客達はその抵抗すらも娯楽として楽しみ、笑い声や拍手が響く
だが、その喧騒の中で、会場の後方に立つ三つの黒いフードが静かに動いた
拓哉、誠、海斗のブラックロックのメンバー達だ、彼らは力を助けるために、この邪悪なオークションに潜入していた、
フードの下で拓哉の鋭い目がステージを見つめ、誠が小さく頷き、海斗が拳を握りしめる
「よし! そろそろだ!」
「行くぞ!」
拓哉が叫び、ポケットから小型の発煙筒を取り出した、誠も同じく発煙筒を手にして海斗が周囲の動きを素早く確認する
「今だっ!それ!」
拓哉の合図と共に三人は一斉に発煙筒のピンを引き抜いた、火花がチリチリと音を立てた
「投げろ!」
拓哉が叫ぶと、出来るだけ遠くに発煙筒を高く放り投げた
それに誠と海斗も続き、次々と発煙筒を投げた、会場は赤と白の煙が瞬く間に会場に広がり始めた
地下室には窓がなくて空気が淀む閉鎖空間だったため、発煙筒から噴き出す煙は、まるで生き物のように会場を飲み込み、たちまち視界を奪った