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千紘がパッと手を離すと、一気に快感が止まる。押し寄せてきていた血流が緩徐になるのを感じた。
昂っていた体と、ドクドクと中から叩き付ける脈拍の音。それらを体験しながら、もう少しでやってきそうだった射精感が去っていく。
「っ……」
凪は、両膝を擦り合わせるように足を閉じた。足の付け根から一気に遠のく感覚がモゾモゾとして気持ち悪かった。同時に気持ち良さが違和感として残り、ほんの少し名残惜しさに包まれた。
「もう1回呼んで」
両手をベッドのスプリングについて、顔を寄せた千紘は、軽く口角を上げて言った。
「は、は!? なんでっ」
「んー? ちゃんと聞きたいと思って」
「嫌だね」
「なんで?」
「1回言った」
「そうだね。だからやめた」
「だから満足だろ」
「うん。ありがとう」
千紘は凪の顔の傍でにっこりと笑った。屈託のないその笑みは、まるで天使のようだった。今まで凪の竿を扱いていたとはとても思えないほど。
穢れを知らない、無垢な笑顔に見えた。
なんつー顔で笑うんだよ……。こんな顔して変態なんだから、マジで人って見た目によらないよな……。
顔をしかめたくなるほどのギャップに、凪は調子が狂う。こんなふうに素直に礼を言われたら、意地でも名前を呼ばない自分がとてつもなく子供っぽく思えた。
ちゃんと手は止めてくれたし、お礼まで言われた。
こんなん、俺の方が悪者みたいじゃん……。
凪の心の中に後味の悪さが募る。他の人間の名前ならさらりと呼ぶのだ。そこに好意があってもなくても、男でも女でも。名前を呼ぶくらい、なんてことない行為だというのに。
……俺は何に意地張ってたんだっけ。
なんて自分の子供っぽさがバカバカしく思えた。
「……千紘」
「え?」
不意に名前を呼ばれて、千紘は眉を上げた。
「もう呼ばない」
耳まで赤くさせて、ふいっと顔を背けた凪。バカバカしいとは思いつつ、呼んだら呼んだで照れるはめになった。恥ずかしそうに両手で顔を覆う凪。千紘は、飽きることのない凪の可愛らしさに、また1つふはっと笑みをこぼした。
「ねー、可愛いんだけど」
千紘は胸の中をキュンキュンと疼かせながら、だらしなくデレデレと頬を緩めた。これにはさすがの千紘もポーカーフェイスではいられなかった。
幸せな気分になって、どうしようもなく好きな感情が膨らんで、抑えきれなくなった。体だけでもいいなんて嘘だった。
名前を呼んでほしいし、自分のことで照れる姿をもっと見たいし、できたら凪からの好きだという言葉を聞いてみたい。
「可愛くねぇし!」
顔を隠したまま凪が叫んだ。可愛い、可愛いと何度も連呼してしまいたいほど、千紘は凪の姿にときめきっぱなしだ。
ただ、意地っ張りで千紘から与えられる快楽に恐怖心を持つ凪は、そう簡単にはそれを受け入れてはくれない。
それでも千紘はやっぱりどうしても諦められなかった。
諦めるなら凪の方だと思うんだよね。だってこんなに好きになっちゃったのに、もう諦められないもん。俺のこと好きになってくれるまで追いかけ回したい。
千紘は貪欲に溺れていく。凪が新鮮な反応をすればするほど凪の全てが欲しくてたまらなくなった。
「ねぇ、凪。そろそろ後ろも試そ?」
いつまでも顔を覆ったままの凪に千紘はそっと囁く。本来の目的は、後口でしか絶頂を迎えられないのかを試すため。だとしたら、この先に進まなければ検証にならないはずだと千紘は頬を緩める。
けれど凪はふるふると首を横に振って「もう、そっちじゃなくても大丈夫だってわかったからいい」なんて言う。
その言葉にすんっと表情をなくした千紘は「そんなのダメだよ……。あれは気分が高まって出ただけかもしれないし、耳を攻められたからなのかもしれないし。凪が、どこが1番気持ちいいのかまだ自分でわかってないんだから」と抑揚のない口調で言いながら大きな掌で凪の太腿を撫でた。
些細な刺激にもかかわらず、凪は大袈裟に体をしならせた。名前を言えばやめてくれる。そう言ったのに。と疑うような視線を指の隙間から千紘に向けた。
「キスはやめた」
凪の考えなどお見通しだと言わんばかりの表情を見せる。薄い唇を上に上げて、凪を見下ろす。
「おまっ! 屁理屈だぞ!」
顔を覆っていた手を振りかざすと、凪はペチペチと千紘の腕を右手で叩いた。全くと言っていいほど力が入っていないその攻撃に、千紘は本気の拒絶ではないと悟っておかしそうにふふっと笑う。
腕を曲げて顔の前にかざすと防御の態勢で凪の攻撃を受け入れた。
「はいはい、屁理屈だね。でも凪、早くしないと時間なくなっちゃうよ」
「……もう帰る」
凪は千紘を叩くのをやめ、今度は腕で目元を覆った。顔を見られまいと隠しているようだった。
ポツリと小さく言った凪の声。千紘はピクリと目尻を引き攣らせたが、ここまでかな……と切なそうに眉を下げた。
習得はあった。キスもできたし、凪の精液も飲めたし、名前も呼んでもらった。昨日と比較したら一気に前進したのだ。
そんなに欲張っちゃいけないよね……。急に手に入るなんて思ってないし。諦める気はないけど、今日に今日付き合えるわけがない。嫌いだと言われていたところから、こんなに可愛い姿を見られただけでもよかったと思わなくちゃいけないよね……。
千紘はそんなふうに自分に言い聞かせる。本当は触れたくて、続けたくて、もう少し一緒にいたくてたまらない。けれど、凪が嫌がることはしないと決めた。約束はしたのだ。だから、凪が本気でもう帰るつもりでいるのなら、これ以上引き止めることもできない。
「帰る? ほんとに帰る?」
「ん……」
「もう触んないって言ったら、もうちょっと一緒にいれる?」
それでも側にいることだけは許してほしい。そんな微かな期待を抱く。