「高尾さん、船が沈みますっ」
壱花は高尾に、ざっと事情を説明した。
そして、ここへ飛ぶ前に大浴場で言いかけたつづきを口にする。
「あのあやかしの人、妙に慣れない様子でウロウロしてしました。
新たに船に乗り込んだのかもしれません。
いつ、何処でとり憑いたんですかね?」
子狸や子狐たちと、出来上がったきなこ棒に更に、きなこをふりかけながら、高尾が小首をかしげて言う。
「でもまあ、お玉で水入れたところで、大型船が、そう簡単に沈んだりしないんじゃない?
そもそも、その水、もともと船に乗ってた水なんだし」
はい、どうぞ、と店にある、きなこと水飴で作ったという、きなこ棒を高尾はみんなに配ってくれた。
つまようじにささった、きなこ棒を見ながら、壱花は呟く。
「きなこ棒って結構簡単にできるんですね。
うちの店、オリジナルのきなこ棒とかできたらいいですよね」
「きなこ棒のどの辺にオリジナル感を出す気だ?」
商売熱心な倫太郎が突っ込んで訊いてくる。
特に考えてはいなかった壱花は言った。
「……形を変えて、棒じゃないのにするとか」
「きなこ棒じゃなくなるだろ……」
「じゃ、きなこじゃなくて、抹茶をまぶすとか」
「だったら、抹茶棒だろ」
……相変わらず、社員のやる気をなくさせる社長だ、と思いながら、壱花は、きなこ棒を口に入れた。
ちょっときなこにむせてしまったが。
その甘さと香ばしさに、ほっと息つく。
ちょうどそこに生活に疲れたサラリーマンがやってきて、店内を物色しはじめた。
いつも通り、いらっしゃいませ、などとやっているうちに、ちょっと緊迫感も薄れてきた。
船とは違い、揺れない大地に足がついている安心感もあって、心に余裕が出てきた。
壱花は高尾に笑顔で言う。
「そうですよね。
高尾さんの言う通り、そんな簡単に船、沈まないですよね。
ただ、そう考えると、必死に一晩中お湯をかき出しているあのあやかしが可哀想な気もしてくるんですけど」
「だから、化け化けサイドに立つな」
と言う倫太郎に壱花は訊いてみた。
「どうしたら、あのおばあさんの気が済むんでしょうね?」
「そりゃ、やっぱり、船を沈めたらだろう。
『あやかし』ってあやかしは海で死んだ無念の霊の集合体で、みんなで船を沈めようとしてるわけだから」
新たにきなこ棒を作ろうと、ストーブにかけた小鍋で水飴を温めながら倫太郎が言う。
その肩には小狐たちが乗っていた。
「じゃあ、別の船を沈めさせるとか」
周囲を子狸にぐるぐる回られている冨樫がきなこの袋を手に言う。
「公園で廃棄寸前の手漕ぎボートをもらってきて沈めてみてはどうですか?」
「いや、あと引き上げるの大変だろ」
小鍋をストーブから下ろし、冨樫にきなこを入れてもらいながら、倫太郎は手早く混ぜる。
「じゃあ、沈んでもいいものとか。
簡単に沈んで、環境的にも問題ないものとか」
と言う冨樫に、つまようじケースを手にした壱花が、あ、と言った。
「そうだ。
泥舟を沈めてみては」
「カチカチ山か。
っていうか、どうやって作るんだ、人が乗れるサイズの泥舟。
それに、どうやって、乗り移らせるんだ、そっちに」
うーん、と三人は悩む。
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