「正しさの手前で、観測のあいだに」
第3話 「練馬の問題児のやり方で」
「なぁ宵。」
瓦礫の山をひょいと飛び越えながら、
凪が軽い声で言った。
「ここ、戦った痕ーー
あるよな?」
「あるね。」
即答だった。
常世 宵は、足を止めずに周囲を見回す。
地面に残る抉れ、
建物の壁に走る、能力痕のような焦げ、
時間が少し歪んだような、妙な空気。
どう見ても、
戦闘があった場所だ。
「でもさぁ、」
凪は、頭の後ろで手を組む。
「鬼機関の公式記録だと、
ここーー《未接触区域》なんだろ?」
「そうらしいね。」
らしい、という言い方をしたのは、
宵自身が、その記録を信用していないからだ。
「おかしくね?」
「うん、かなり。」
宵はしゃがみ込み、
地面に指先を当てた。
能力を使わなくても分かる。
これは、
最近の痕だ。
「少なくとも、三日以内。
時間も、そんなに経ってない。」
「へぇ〜。」
凪は感心したように口笛を吹く。
「じゃあ、
俺らが知らない間に、
誰かが戦って、
誰も覚えてないってこと?」
「そうなるね。」
「怖っ。」
凪は、けろっと言った。
だが、目だけは笑っていなかった。
「宵。」
「なに?」
「ここさ、」
凪が指差した先。
壁に、
くっきりと残る『何か』の痕。
「これ、
鬼の血触解放の痕だよな?」
「うん。
しかもーー」
宵は、不思議そうに考える。
「俺たち、
この能力、見たことがある。」
「………あー」
凪はゆっくり頷いた。
「練馬区の鬼、だよな。」
「だね。」
つまり、
鬼機関の誰かが、
ここで戦っている。
にも関わらず、
「記録には、ない。」
宵は、立ち上がった。
「戦闘は存在する。
でも、
報告されていないんじゃない。」
凪が言葉を繋ぐ。
「最初から、なかったことになってる。」
2人の視線が、自然と合った。
「……これ、
司令部隊に上げる?」
「上げるに決まってんでしょ。」
宵は、肩をすくめる。
「ただし、
そのままは無理だね。」
「だよなぁ。」
凪は苦笑した。
「『記録にない戦闘痕見つけました。』
とか言ったら、
何だかんだで怒られるやつ。」
「問題児だし。」
「自覚あったんだ。」
宵は、くすっと笑った。
だが、その笑みは長くは続かない。
「凪。」
「ん?」
「もしさ、」
宵は、空を見上げた。
「世界が、
『見たもの』を消しているとしたら。」
「………うん?」
「俺たちが今見ているこれも、
そのうち、
消えるのかもしれない。」
凪は、少し黙ったあと、言った。
「じゃあさ、」
「なに?」
「消える前に、
ちゃんと覚えとこうぜ。」
宵は、一瞬少し驚いてから、
いつもの、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それ、
偵察部隊として正解だね。」
2人は、同時に端末を起動する。
写真、
座標、
時刻、
体感。
ーー記録に残すためじゃない。
忘れないために。
「世界が嘘ついても、」
凪が言う。
「俺らは、
俺らが見たもん、
信じよーぜ。」
「うん。」
宵は、静かに頷いた。
「それが、
『練馬の問題児』のやり方だ。」
第3話 「練馬問題児のやり方で」 〜完〜






