空いたんです。
銀色が空を裂いて
中にあった液体がとろとろとこぼれて流れ落ちて行ったんです。
ざくり。
そこは放課後の校舎のサイエンス部の部室
ある部員は花火と称した小さな爆発に目を輝かせ
ある部員は機材を持って校庭に
ある部員は…七色に光るマンドラゴラに歌を覚えさせようとし
顧問はそれを微笑ましげに見つめていた
そんな平和な日常のひとコマのはずだが、ある一角のみ、おかしな雰囲気を漂わせていた。
「へえ、そういった夢を見るんだな。」
「はい…怖くって…」
「大丈夫さ!こういった事例の報告は解決が速くなるからね。」
ナイトレイブンカレッジにしては珍しい大人しげな口調の獣人は天敵なはずの狩人にすがるほど追い詰められているのか尻尾の毛並みがボサボサだ。
「はーい。休憩の時間だよ。」
紺色の髪と目をした小柄な男が皿を持ってこちらにきた。
「ああ。ありがとう。クロア」
「メルシー。ムシュー・捕食者」
「どうってこと無いさ」
こと。と目の前に置かれた皿の上には黄金色のパイがちょこんと鎮座している
「今日のおやつはなんだい?」
「肉のパイづつみだよ。」
たしかに、皿上のパイは見るからにサクサクしていそうだ。
さく。と音がする。そちらを見るとハーツラビュルの副寮長。自称普通の男が皿の上のパイにナイフを入れていた。
「うお、赤いな。」
「ああ、酸味のあるラズベリーソースでさっぱりいけるようにしてある」
それに気になって目の前のパイをナイフで切り分ける。
軽い音を立てて切り開かれたパイからとろとろと真っ赤なソースが流れ出す。
たしかにとても赤い。その中に少し見えるのは彼の言っていた肉なのだろうか。赤の中に肉片が混じっている。
脳裏に何かがよぎる
切り分けたパイを口の中に放り込む。
サクサクとしたパイ。ホロホロとした肉に少し酸っぱいソースが合っている。
こくりとそれを飲み下す
こと。と音がしてそちらを見るとティーカップが置いてある。
「お茶です。あまり茶葉の種類はないですがあまり香りが強くないものを選びました。」
小さくて愛らしい女の子のような形の人形がそう言った。
「ありがとう。ティー。」
「メルシー。リトル・レディ」
「ふふ、ありがとうございます!」
とたとたと足がないのに足音をさせながら駆けていく少女人形が給湯室に消えてゆく。
「さて、食べ終わったところで。今回のおやつのアイデア元はなんだい?」
「ああ、それは俺も気になっていたんだ。」
「んー?アイデア元かい?つい最近見た夢だよ。」
男はころころと笑いながら話し出す
その夢の舞台は屋敷の食堂だそうだ。
白いテーブルクロスが敷かれた大きな机。
その上に鎮座する皿の上にはふっくらと膨らんだ赤い袋
「おあがりください。おあがりください。
ぜひぜひ、われわれのじまんの料理をおあがりください。」
真っ黒な人型が。ぺたぺたと手を伸ばしながら囁いてくる
皿の周りには銀のナイフとフォーク
手を伸ばし、それを掴み、ゆっくりと突き立てる。
プツリ。袋に穴が開く。
そのままざくざくと切り開いていき、ナイフを引き抜く。
ぱかりと開いた袋からとろとろと血混じりの赤色がかった透明の液体が流れ出す。
最後に流れ出したのは管でつながった小さな小さな肉塊。
親の腹の中で育ちだしたばかりの、親指の先ほどの大きさの魂のない胎児であった。
もうその袋の主は死んでいる。
殺され腹から引きずり出されたであろうその袋とその内容物をじぃっと見つめる
「おあがりください。おあがりください。」
きんきん響くささやき
最近ふつふつと湧いていた怒りの八つ当たり混じりに管をナイフで切り、胎児をフォークにのせぱくりと一口に飲み下す。
袋に液体をつけながらぐちゅぐちゅと飲み下す。
皿の上の物を全て平らげ、おあがりくださいと煩わしい人型を食らい尽くすべく手を伸ばした。
そこで慌てたような人型に逃げられたところで目が覚めた。
「それはまた、物騒な夢だな。」
なんだか、覚えがある気がする
「?…ああ。そうだな」
「貪欲に食そうとするその姿勢。さすがはムシュー・捕食者だ。」
「ーーところで、どうして今日、このタイミングでこれを出したんだ?」
「ああ、それはねーーーーー」
そこの彼が見ている夢の正体たる怪異と同じものだったからだよ。
にっこりと微笑んだその男の圧は。体が小さくとも実力者なのだと本能的に理解させられた。
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