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13時。
私は太陽の日照りに照らされて、寝ぼけ眼、寝癖もそのままに、優雅に起床する。
案ずるな。私は大魔法使い。歯磨きは怠らない。
腹が減っては戦はできぬと言うもの、この家の主、緑は、私の起床も加味し、自分の朝ご飯のついでに、私のオカズも用意してくれている。
「ぷふーっ、今日も良い味だね。流石は育児班だっただけのことはある」
私が優雅に食事を終えた頃、緑の声が聞こえ始める。
「ルリ、起きたかい。そろそろ洗濯を回したいんだけど、水、頼めるかい?」
持ちつ持たれつの精神、どんな上級魔法使いになっても、私は礼節を軽んじたりはしない。
「分かった。30分後に乾燥だな」
乾燥も、太陽の下で私の風魔法で数分回せば、すぐにほかほか乾燥の完了だ。
緑も、朝から洗濯を回して昼には干さねばならないところを、かなり休めると感謝している。
これぞ、Win-Winというものだ。
基本、洗い物も私の仕事だ。
昼に私が食べ終わった後に一度、夜に一度。
何、そんなに難しいものじゃない。
水魔法を応用し、洗剤の成分をその中に溶け込ませれば、大量の食器も全て一瞬にして洗える。
それを風魔法で乾燥させれば、あとは棚に戻すだけ。
日々、異世界で行っていた村近辺のモンスター退治に比べたら朝飯……いや、食後のデザート前だ……!
私が緑にどんな風に日常を手伝い、居候させてもらっているかを説明したところで、そろそろ皆の気になっている部分に触れよう。
私の『趣味』についてだ。
ピピピーーガガッ!! ガッ!! ガガッ!!
私は基本、今ではほぼ売られていないような、古いレトロゲームなるものに興じるのが好きだ。
この、全くリアルではない画面上に映るモンスターたち……異世界のモンスターのミニチュアみたいに愛らしく思える。
誤解しないで欲しいのは、別に私はモンスターを愛くるしいと思っている訳ではない。
ただ、ホームシックと言うものか、あれだけ毎日狩らされていたモンスターたちである。ふと、居なくなってみると、物寂しさを感じるのだ。
そこで出会ったこのレトロゲームたちは、そんな私の寂しい心を埋めてくれるものになっていた。
そんな折、ゲームのチャットに、いつもとは違う文面が送られてきた。
「何々……? 『オンラインで会わないか』……?」
たまに一緒にクエストを行うパーティメンバーから、急なチャットのお誘い。
コイツは、そもそもAIに喋らせているCPUではなかったのか……!
し、しかし、私がこのように思っているのだとしたら、相手も私をCPUだと疑っての誘いではないのか……?
だとしたら、ちゃんと生身のある人間であることを証明しなければならない……。
いやいや、待て待て、私。
私の使命は、魔王の息子、勇者がこちらの世界に転移させたとは言え、魔の力が未だ健在の鯨井・LU・優から、片時も離れず、見守ることが私の仕事。
遊んでいる暇はない……。
トゥルルルルル……トゥルルルルル……ガチャ。
「あ、優? 実は……」
――
優と学は、相変わらずアルバイトに精を出し、夕方過ぎまで働いて帰ってくる。
みんなで食事を囲みながら、私は日中に相談した話を切り出す。
「あー、昼間の話か。つーかお前、バイト中に電話かけてくんじゃねぇよ。たまたま出先だったからよかったものの……」
「へー! よかったじゃないですか、ルリさん! こっちの世界にもお友達ができたんですね!」
何を言っているのだ、このダ眼鏡は……。
私は最強の魔法使い、魔王の血族を見張る役目で来ているのだぞ……。
まあ、コイツの発言はいい。お供Bくらいにしか思っていないからな。
「そんな呑気な話ではないのだ、優! お前は今、魔の力に侵されない危険がある中で、侵略者の強襲、優を悪用しようと考えている元四天王からの保護、最近では、UT刑務局からも未知の力として、目を付け始められているではないか……!」
「えぇ……、俺って今、そんな危険な状況下にあんの……? もっとラフな感じで、侵略者が現れたら、みんなで倒しに行こう! くらいの感覚でいたんだけど……。だって、こっちの世界に移るって提案をした、村田瑛斬って元四天王も、立派にこっちで政治に関わってるじゃん……」
そして、次に優は、私の目を見開かせるほどの、非道な言葉を浴びせるのだ。
「しかもお前、そんな焦った風に言ってるけど、俺と学でバイト行ってるんだから、基本的に一緒に居ないだろ……」
全く……コイツらは分かってない! 事の重大さを分かっていない!!
コトン、と、飲みなれないジュースがジョッキで置かれる。
「いやー! ルリアールちゃん、本当に女の子だったんだね! それ、魔法使いのコスプレ? 凄く似合ってるよ~!」
三人の男が、Uの字のソファに私を囲うように座り、カラオケなる密室へ閉じ込められる。
中では、爆音で音痴な歌が披露される。
なんなんだ、ここは……。来るんじゃなかった……。
「それにしても。デュフw ルリアール殿は可愛らしい女性でしたな。他の誰かさんと違って。デュフw」
この、見るからに家畜のような体型、縁の厚い眼鏡で、豚の鳴き声を時々発する男は、レトロゲーは命@獄炎のソリッド殿。
普段、ゲーム内では、どんな難関コンテンツにも率先して前線を努め、まさに無冠の剣豪だと思っていたのだが……。
「我の話はよすでござる。やはりゲームたるもの、プレイするのはレディーのキャラクターが良いと考え、我はレディーにしていたのであって、決してネカマなどではないのでござるよ」
この鬱陶しいほどの長髪に、ガリガリな細身、チェックのシャツがなんか気に障る男は、アキナ殿。
私と同じ女性が一人いるのなら……と思っていたのだが、全然男だった。
そして、最後に、今回のオフ会の開催者であるこの男……。
「さあ、今日は飲んで歌って、盛り上がろう!」
髭面でガタイのいい、までは良かったが、可愛いキャラクターがドアップのシャツを堂々と着る、オタクの王のような男、重装甲ブレイブ・ラインハルト殿。
全員でジョッキを片手に、乾杯! とコップを仰ぐ。
さあ、一刻も早く帰りたい……。
私に、この世界で歌える曲がある訳もなく、ただ三人の歌を二時間聴き、カラオケは終了した。
「さあ、大都市ユニバース・アキバ! 次は我々共通の趣味、レトロゲームの王国へと行きましょうか!」
「いや……私はちょっと、今日はもう帰ろうかと……」
「何を申されるか! ルリアール氏! なんと、レトロゲームの王国には、以前ルリアール氏が話していた伝説のレトロゲー、『航海の旅路Ⅳ』があるらしいのですぞ!!」
「ネットでいくら探しても品切れだった、航海の旅路Ⅳが……!? そ、それは行かなければ……!!」
そうして、私達はそのまま、レトロゲームの王国、という店、そのままの名だが、廃盤となったゲームすら売られているという伝説の中古販売店へと向かった。
「ルリアール氏! このゲーム、グラフィックが凄いですぞ!」
「デュフw こういう過激なものは、露出が少ないから良いのであって。デュw」
「ルリアールさーん! このたこ焼き食べてみてくれ!」
「な、なんだこれは!! バカみたいに辛いじゃないか!!」
「アハハハ! 騙された~! 実はコレ、罰ゲーム用激辛たこ焼きでした! 辛さは控えてもらいましたよ!」
「何が罰ゲームだ! 私は何も負けてはいないぞ! 不公平だ! お前たちも食べろ~!!」
――
夜の9時。少し、遊び過ぎてしまった。
「ルリアールさん、夜道は危ないですので、都市から離れるまで、三人で送りますよ」
三人の顔は、いつの間にか見慣れてしまっていて、最初に抱いた不快感は、もう何も感じていなかった。
「いいや、心遣いは感謝するが、私は”ルーラ”で帰還するのでな」
「いやいや、ルーラはゲームの中の呪文、全く、ルリアールさんも変な冗談を言うものだ」
しかし男たちが目を離した瞬間、私はテレポートの魔法で緑の家に帰宅した。
「お、行ってきたのか。随分遅かったな。馴染めなくて、早く帰ってくると思ったのに」
意外そうな顔で、夕食を頬張っている優。その恰好からして、今日もバイトだったのだろう。
「ふふ、馴染めなかったに決まっているだろう。私はこの世界の住人とは違う。異世界の者。種が違うのだ」
その夜、三人の男たちのチャットには、新規メッセージが届いていた。
『また、時間があれば遊びにでも行こう。お前たちと興ずるのは、存外悪くない。 ルリアール@物資求む』