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私とリリー、ルークとエミリアさんの四人で、先日の鍛冶屋を訪れた。
アドルフさんはこの鍛冶屋の片隅を借りて、いろいろなことやっている。
隣のお店で売るものを作ったり、私の依頼した神器候補の杖を考えたり――
「――いらっしゃい!」
お店に入ると、初老の店員さんが声を掛けてきた。
前回来たときはアドルフさん以外には誰もいなかったから、この店員さんは初めて見る人になる。
「こんにちは。アドルフさんはいますか?」
「も、もしかして……あなたは神器の魔女様、ですか?
は、はい! 少々お待ちをっ!!」
アドルフさんから何かを聞いていたのか、店員さんは急いでお店の奥に引っ込んでしまった。
「……怖がらせちゃいましたかね?」
「アイナさん、今は挨拶をしただけじゃないですか……」
確かにその通りなんだけど……噂が先行すると、こうなってしまうのか。
『神器の魔女』のふたつ名を広めているのは当の本人だから、まったくもって自己責任ではあるんだけど。
そのまましばらく待っていると、お店の奥からアドルフさんがふらふらと現れた。
「……やぁ、アイナさん。
おっと、そっちのお嬢ちゃんが『魔女の試練』ちゃんか……」
「アドルフさんのところにもその噂が行ってるんですか……。
……って、それよりも何だか疲れてません?」
私が心配する横で、アドルフさんとリリーは自己紹介をしていた。
本当に一言、二言で終わってしまったけど。
「えぇっとな、アイナさん……。
例の杖なんだが、デザインが綺麗にまとまって……。勝手ではあるんだけど、早速作ってみたんだよ……」
「え? もう?」
「ああいや、気に入らなかったらまた作り直すんだが……。
えぇっと、確かこの辺りに――」
そう言うと、アドルフさんは出てきた扉の横から1本の杖を取り出した。
「――おお!」
私の口からは感嘆の言葉が溢れた。
それは神剣アゼルラディアの杖バージョン……といった感じで、とても美しく、荘厳な印象を振り撒いている。
「綺麗なのー」
「わぁ……」
「素晴らしい杖、ですね」
私の後ろで、三人が口々に杖を褒める。
その言葉には私も同感なんだけど――
「良い出来じゃないですか!? 私、このままでも大丈夫ですよ!!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいんだが、これは失敗作なんだ……」
「え?」
アドルフさんの思わぬ言葉に、私は驚いた。
こんなにも完璧に見えるのに、一体どこが……?
「えっとな、ここを見てくれ。ここ――」
アドルフさんは杖の中ほど、手で持つ部分よりも、もう少し上を指差した。
「……あ。深いヒビが入っていますね……」
「そうなんだよ。どうにも魔石スロットが上手く付いてくれなくてなぁ……」
……その言葉に、私はまたもや驚いた。
「え? 魔石スロットまで付けてくれるんですか?」
魔石スロットの付与に挑戦した場合、成功すれば1個から5個の魔石スロットを付けることができるが、失敗するとその武器自体が破壊されてしまう。
少ない数であれば、それなりに成功するはずなんだけど――
「実は1個や2個のものはできたんだけどな。
……ほら、神剣アゼルラディアは5個付いているだろ? それに合わせたくて……」
「いやいや……。5個って、かなり難しいんですよね?」
「そうなんだが、せっかく神器にするんだし……」
「え!? アイナさん、その杖って次の神器なんですか!?」
アドルフさんの言葉を聞いて、エミリアさんの表情がぱーっと明るくなった。
順当に考えれば、次の神器の持ち主はエミリアさんのわけだから。
「あー。アドルフさん、バラしちゃいましたね!」
「な、なに!? す、すまん……。てっきりもう話しているものかと……」
「まぁ、仕方がありませんね。
でもこの杖、エミリアさんに似合いそうですよね。ご覧の通り、魔法使いっぽい感じではあるんですけど」
「……むむ」
私がちらっと向けた視線に、エミリアさんは静かに唸った。
『暴食の賢者』の話はまだ生きている――そのメッセージはきっと、無事に送ることができただろう。
――っていうか、そもそもヴィオラさんからもらった封刻の魔石を使うのであれば、魔石スロットは必要になるわけで。
魔石を嵌めなければ、複合魔法『暴食の炎』を扱えるようにはならないのだから――
……いや、他の装備に魔石スロットを付けるでも良いかもしれないけど、イメージ的には杖に嵌っていて欲しくはある。
「そんなわけでな、今はこの杖を何回も作り直して、魔石スロットに何回も挑戦しているところなんだよ……」
「5個と言わないまでも、3個か4個でも良いのでは?」
「それはダメだろう!? 神器なんだから!!」
アドルフさんの目は真剣そのものだった。
神器は武器の最高峰。……それ故に、妥協は絶対にしたくないのだろう。
……職人気質というか、まぁ分からないでもないけど。いやむしろ、分かりすぎるけど。
「気持ちは、はい……。
特に期限はありませんが、無理はしないでくださいね……」
「すまんなぁ……。
魔石スロット以外はある程度の流用が効くから、あとは試行回数を増やしていけば……何とか……」
最初に完璧なものが出来てしまったのが、もしかして悪かったのかもしれない。
でも魔石スロットが5個だなんて、神剣アゼルラディア以外には私の杖くらいでしか見たことがないし――
……あれ? そう考えると、私の杖を神器にしてしまっても良いのかな?
でもこの杖は私も気に入っているから、エミリアさんでも渡しっ放しにはしたくない。
逆に言えば、私が自分の神器を作るときはこの杖を素体にしてしまっても良いのかもしれない?
「――分かりました。
本当に、無理はしないでくださいね」
「ああ、ありがとうな。
……と言うわけで、ちょっと休憩したいから――他に用事が無ければ、今日はすまん……」
「あはは……。それじゃ、今日は帰りますね」
「アドルフさん、無理しないでくださいね」
「ご自愛ください……」
「ごじあいするのー」
私たちはそれぞれ挨拶をして、鍛冶屋をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後は特に行く場所もなかったので、私たちは素直に帰ることにした。
街中をぶらついたりしても良かったけど、リリーのことも変な噂になりつつあるし、ひとまず今日は控えておこう。
「――なの!」
道を歩いていると突然、リリーが強い語調で言ってきた。
「ん? どうしたの?」
「ママ、この辺りに迷宮ってあるの?」
「え? 迷宮ならこの街の北に、『神託の迷宮』って言うのがあるよ」
「そこに行ってみるの! 何かがあるの!」
「へ……?」
突然のリリーの言葉に、私は困惑してしまった。
近いとは言っても、馬車で1時間の距離だ。
しかしリリーは『疫病の迷宮』でもあるわけだから、何か感じるものがあったのかもしれない。
「リリーちゃん。そこには少し前に行ってみたんだけど、そのときは何も無かったなぁ……?」
「さっき急に感じたの!
ママは絶対に行った方が良いと思うの~~!」
ふむ……。
リリーが嘘をつくわけもないし、それに何も無かった『神託の迷宮』に『何か』かが、ねぇ……?
……気になる。
明日でも良いかもしれないけど、今から急いで出れば、今日のうちに戻って来られる時間ではある。
「うーん……。
ルーク、エミリアさん。今から行ってみても良い?」
「大丈夫ですよ!」
「はい、もちろんです。
馬車の準備をするのと一緒に、警備を代わってもらっているグレーゴルさんにも伝えていきましょう」
「……となると、やっぱり一旦はお屋敷に戻らないとね。
それじゃ、急いで準備しよう!」
「「はい!」」
「なの!」
今日は普通に一日が終わると思っていたけど、これはまさかの展開だ。
……でも一体、『神託の迷宮』には何があるというのかな……?