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臣桜
50,509
畝澄ヒナ
119
#短編
五來 小真
29
『じゃあ、今は俺を大二郎と思ってもいいよ』
『ありがとう。でも側にいてくれると思うだけで安心できるから』
仰向けになったエミリは、ふー……とゆっくり息を吐く。
『家にいる間は私の安らぎを大切にしてくれると言ってくれたのに、抱きついて変な気持ちを起こさせて、我慢させたら申し訳ないから』
『……いや、それはそれで役得なんだけど……』
『大二郎はそんな事言わない』
『ぶふっ』
エミリの突っ込みを聞いて俺は噴き出し、彼女も笑う。
『……不思議。風磨さんといると、凄く自然体でいられるの。……風磨さんの名誉のために言うと、あなたの事はちゃんと異性として見ているし、魅力的な人だと思うし、一緒にいるとドキドキする。……でも、今までの下心満載の人と違って、風磨さんが〝約束は守る〟って言ったなら、本当にきちんと線引きしてくれるって信頼できるの』
『それはありがたいな。異性として魅力を感じてくれるのも嬉しいけど、やっぱり性的に見られるかより、人として信頼されるほうが嬉しいから』
そのほうが、俺という個人を見てくれている事に繋がる。
今まで周りには俺の顔を見て『格好いい』と言い、社会的地位や篠宮ホールディングスの御曹司という立場だけを見て『抱かれたい』『結婚したい』『子供を産みたい』という女性は大勢いた。
でも俺から見れば、そういう人たちがどんな愛の言葉を口にしても、似たり寄ったりに思えてしまう。
だからエミリが『一緒にいても襲われる心配をしなくていい』と言ってくれたのは、最上級の信頼の言葉に思えた。
アスレチックに行った時もそうだけど、彼女は俺が悲鳴を上げて震える姿を見せても幻滅しなかったし、そもそも〝篠宮風磨〟というブランド男になんの幻想も持っていなかったのが分かる。
この人を手放しちゃ駄目だと強く思ったし、エミリがトラウマに囚われているなら、全身全霊で助けたいと感じた。
『おやすみ、エミリ。ゆっくり眠ろう』
『ええ、おやすみなさい』
翌日、俺はエミリを伴って彼女の家へ行き、引っ越しを終えた。
空っぽになった部屋を見た彼女が、『それなりに思い入れがあったんだけどね』と寂しそうに言っていたのが印象的だった。
帰りの車の中、俺はエミリの手を握って言う。
『これからは守られた生活になるから、安心していいよ。〝他人〟と暮らす息苦しさはあるかもしれないけど』
『お言葉に甘えさせてもらいます。その代わり、風磨さんと結婚するっていう話をもっと真剣に考えるわ。それがあなたに恩返しできる、一番の方法だと思うから』
『ありがとう。でも結婚を恩返しと思わなくていいよ。俺との関係を真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、交際や結婚は義務ではないから。住まいを提供するのは俺が勝手にやってる事。OK?』
『……うん、OK』
『何か、美味しいランチでも食べようか。引っ越し記念』
『いいわね! お礼にご馳走するわ』
『……そういうトコだよ……』
全部格好付けさせてくれない彼女のセリフを聞き、俺は破顔した。
その後、エミリとの生活は思っていた以上に上手くいった。
最初の数か月は彼女のプライバシーを守るために注意していたけれど、ある日こう言われた。
『もう私が避難していると思って気遣わなくていいわ。風磨さんと暮らすのにも慣れたし〝同棲〟に切り替えたい』
それは家の中でエミリを、異性として見ていいという合図でもあった。
宣言した彼女は少し照れくさそうだったけれど、ある種の覚悟が決まった顔もしていた。
でも知り合った男とラブホテルに言って吐いた逸話は聞いたし、俺自身も性欲を持て余している訳じゃないから、そういう事についてはゆっくり距離を詰めていきたい。
俺が好きになったのは、エミリの体ではないから。
私――、丸木エミリは、風磨さんと生活し始めて、異様なまでに順応している自分がいるのに気づいた。
最初は彼がどれだけ親切で優しい人であっても、男性だし自分と結婚したいと思っている人だし、いつか生活が破綻するのではと危惧していた。
けれど、彼はいい意味で予想外だったのだ。
コメント
1件
いやー、このエピソードめっちゃ良かったわ…! 風磨がエミリのトラウマを理解した上で「無理に距離を詰めない」ってスタンスを取り続けてるのが、もう男前すぎる。「体じゃなくてエミリが好き」って言葉に尽きるよな。エミリの方から「同棲に切り替えたい」って言えたのも、風磨の誠実さがちゃんと伝わった証拠だし、二人の信頼関係がゆっくり育ってるのが感じられて、すっごい温かい気持ちになった🔥