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「あ、あ、あ………」
上手く息が吸えなかった。というか、息の吸い方を忘れたみたいだった。
アルベドが言った賭け、そして自分が勝ったら叶えて貰う願いの内容が私の耳にはスッと綺麗に入ってきた。一言一句間違ってないと思う。聞き漏らしてもない。
何であんなにも鮮明に聞えたのか分からない。
耳元で囁かれたわけでもないし、勿論私が耳を近づけたわけでも、聴覚過敏だったわけでもない。
なのに、彼の言葉は私の鼓膜を刺激した。
「何だよ、口開けて」
「え、あ、あ、あああ!?」
私は思わず発狂してしまった。その拍子にゴトンと、机の上に落ちる銃。顔は熱いし、頭もぼーっとするし、目の前にいる彼の顔をまともに見れない。
(待て待て待て待て! 可笑しいって絶対!)
私はせわしい心の中の自分を押し黙らせながら、かろうじて動いた思考をぐるぐると巡らせていた。
いや、まだ彼は言っただけで、いやでも勝負としては私は負けてしまったわけで。
「おい、エトワール」
「ひぇッ……!」
急に声をかけられ、わたに返ったがなんとも間抜けで阿呆な悲鳴を上げて仕舞った。いきなり変な声を上げた私にぎょっと目をむくアルベド。それから、「おい、大丈夫か」と二度繰り返して固まってしまった。
もう、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。
でも、だってしょうがないじゃないか。
まさかの告白紛いな言葉を言われたんだ。しかも、あのイケメンから。
いや、乙女ゲームのメイン攻略キャラなんだしイケメンじゃないと不味いんだが、あんな不意打ちで言われるとは思っていなかった。「好きです」と告白されるより驚いた。
まあ、告白は一度受けたことがあったけどその時はピンとこなかったし、今みたいにドクンと心臓が跳ねたというよりかは驚きと何故? という感情ばかりが渦巻いてしまい、あまり素直に受け止めることが出来なかった。
嬉しくなかったと言えば、嘘になるけど。
けど今回のは違った。
乙女ゲームのヒロインなら泣いて喜ぶかもしれないが、私にとっては発狂ものなのだ。確かに、彼のことは嫌いじゃない。でも、好きかと言われればイエスとは絶対に答えない。
だけど、恋愛対象として好きかと言われたら答えはノーだ。
「エトワール?」
「な、何も聞いてない! 何も聞いてない!」
「おい、だから落ち着けって」
「アンタのせいでしょ!」
そう言うと、彼はきょとんとした表情を見せた後、ふっと微笑んで見せた。
そして、ゆっくりと私の方へと近づいてくる。
その動作一つ一つが様になっていて、思わず見惚れてしまう。ああ、やっぱり格好いいよなぁ。
なんて、一瞬思ったが、また私は自分の頬を叩いて冷静になろうと必死になる。
いや、アルベド。アルベドだから!
「アンタのせいって、やっぱ聞いてんじゃねえか」
「聞いてないわよ!」
私がそういえば、ニヤニヤと私の方を見て笑う彼。その笑顔にすらキュンとしてしまうのだから私は相当彼に毒されているようだ。
(いや、だから矢っ張り可笑しいって!)
「で? 賭けは俺の勝ちだろ?」
「まって、アンタの言葉のせいで私は上手く撃てなかったの!」
私は彼の言葉に慌てて反論した。そうだ、この男に動揺させられていなければきっと私は彼を撃つことが出来た筈なのに……
そう、言い訳を並べれば自分の中で私は満足したのかふうと息を吐く。なんてことだ。これでは、まるで私が彼のことを意識しているみたいではないか。意識すればするほどツボにはまってしまう。
ここは、一旦冷静に……
「そうかよ。じゃあ、追加ルールでも設けるか?」
「追加ルール?」
「ああ、お前が後残り三発の内一発でも景品に当てて落とせたら、賭けは引き分けってこった」
な ?良心的だろ? と、アルベドは肩をすくめながら言った。
確かに、これ以上のペナルティーはないだろう。ただでさえ、私は彼に負けたのだから。
しかし、そうなると問題は……
私はまだ一度も景品を落としたことがないのだ。勿論この間は傍観者だったし、あれだったけど、そもそもあの銃を持てるほどの腕力はないし、今の心理状態で上手く撃てるはずがない。
そんな状態で、景品を落とすことが出来るだろうか。いや、無理だろう。
でも、ここでやらなきゃ女が廃るし、負けを認めたら彼の要求をのむことになるだろう。
そう思い、私は銃を手にとって落ちそうな軽い景品に標準を合わせる。
「やってやる!」
そう意気込んで、一発、二発……と打ち込み、最後の一発もスカッと何とも情けない音を立てて空を切った。
惨敗だった。
私は、再びゴトンと銃を台の上に落としその場に崩れ落ちた。スカートが汚れるとか手が汚れるとかは今の私では何も考えられなかった。
「お前、下手すぎるだろ」
「うっさい、うっさい、うっさい!」
子供のように泣きじゃくれば、アルベドは仕方なさそうに私に手を差し伸べてくる。
「んな、泣くなよ。ガキじゃあるまいし」
「泣いてないわよ!」
差し出された手を払い除ければ、彼は少しだけ悲しげに眉を下げた。
それから、暫くして、はあ……とため息をつき、やれやれと言った感じに首を振った。私のこと、本当に子供扱いしているんだと思い、私はカッときて彼の顔を叩いてやろうかと思った。でも、顔を上げればそこにあるのは誰もが息をのむほど美しい整った顔で……
叩けるわけもなく、私は拳をグッと握りしめた。いや、そもそもに暴力に走るのはいけない。
「まあ、お前がわーわー泣いてても俺は気にしねえけど、周りの奴はどう思うだろうな?」
と、アルベドは視線を集まっていた人達の方へ向けた。
そうだった、人だかりが出来ていたこと、私達が店の前で言い争っていた時からいたんだったと、私は今更ながらに思い出した。
そして、案の定、先程までざわついていた店内はシーンと静まり返っていた。
その沈黙を破ったのは、店の店主だった。
私は慌てて立ち上がり、頭を下げる。凄く、申し訳なかったというか、恥ずかしかったというか。
兎に角、少しでも早くここから逃げた出したいという気持ちが強く何度かへこへこ頭を下げた後私はそそくさと歩き出した。だが、そんな私の腕を掴むアルベド。
「何?」
「迷子になるだろ」
「ねえ、やっぱり私のこと子供扱いしてるの!?」
アルベドは、私が怒鳴っても特に何も言わず、ただ、無言で私を見つめていた。そんなに見つめられたら穴が空くと言いたかったが、口が上手く動かなかった。
ここで、口を開けたとしてまた子供みたいにわんわん、ぎゃあぎゃあ言ってしまいそうな気がして、少しでも冷静にならなければと私は深く深呼吸をする。
「一人でどっか行くなよ」
「なんで?」
「正夢になったり出もしたら嫌だからだよ」
そういったアルベドの口調は弱々しくて、その手に少しだけ力が入った。本当にいかないでと言われているようで私は抵抗をするのをやめる。
彼の言葉を聞いて、彼が悪夢に魘されていて寝れなかったことを思い出した。
確か、弟のラヴァインに殺されて、私も……
そこまで考えた私は、ふと冷静になってアルベドを見た。もう、ドキドキとなっていた心臓は静かに脈打ち、私も彼の顔を普通通り見えるようになっていた。
「勝手に殺さないで」
「殺してねぇよ、ただ、心配になっただけだ」
「アルベドが?」
悪いかよ。とアルベドは冷たく言うと顔を逸らした。
彼でも怖いものがあるのかと、不思議でならなかったが、彼の好感度を見れば54にまでなっていたのだから、少なからず私のことを本気で心配してくれているのだろうと思った。そう思うと、申し訳ない。
「まあ、夢は夢だな。気にしすぎかも知れねえ……俺の」
「そう、だね。でも、怖かったんだもんね」
「怖かった……か」
アルベドはそう言って息ついで、またため息をついた。
けれど、次に私に顔を向けたときは不安やら心配やらは見えず、いつも通りの食えない奴って感じのアルベドの顔に戻っていた。
「そういえば、お前は何処に行くつもりだったんだよ」
「えっと、食べ物……お腹空いたから、そっち系の屋台に行きたい」
「そう、じゃあ、決まりだな」
と、アルベドは私の手を引いて歩き出す。少し強引な気もしたけど、引っ張られるのも悪くないと思う自分がいた。
アルベドの紅蓮の髪を追いながら歩くと、アルベドはちらりと振返って意地悪に笑う。
「まあ、賭けは俺の勝ちだからな。いつ、キスしようか考えてんだよ。今から楽しみだな……お前が、どんなかおをするのか」
「なっ!?」
せっかく忘れていたのに、この男は何てことを言うんだ!
そう、思いつつも、顔が真っ赤で金魚みたいに口をパクパクとさせることしか出来ず、私は私の手を引いて先を行く紅蓮を追いかけるしかなかった。