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第七章
一
洞窟の中に入ると、独特のカビ臭さが鼻についた。梨々菜の輝で明るくしたが、周りに気を付けながら奥へと進んだ。
「行き止まりだ」
聖美は突き当たりの壁を触って言った。
鏡はないのかなと見渡すと右の壁に、物を飾るのに丁度良い凹みがあるのを見つけた。
「あった」
確かに、そこに浄玻璃の鏡はあった。しかし。
「これ。割れてるよ」
浄玻璃の鏡は普通の鏡とは違い、鏡自体には何も映らない。だから一見、鏡には見えない。聖美は割れたと表現したが、正しくは鏡面が割れているのではなく、鏡本体が真っ二つに割れていた。
「そ、そんな」
梨々菜は二つになった鏡を手にとって、膝を落とした。
「他の罪人が来たのか?」
「分かりません。ですが。閻魔様に何と報告したらよいのか」
梨々菜が涙を浮かべて途方に暮れていると、壁の一部が歪み、人影らしきものが浮かんできた。テレビの電波が悪いときのように、絶えず上下左右に揺れているので、輪郭さえもハッキリと見分けることが出来なかった。
「閻魔様」
梨々菜だけは、誰なのか分かっていた。その場に膝を付いて畏まった。それとは対照的に、脳天気に言う聖司と聖美。
「これが?」
「よく見えないね。ホントに閻魔さん?」
「無礼な!」
威厳のある野太い声が、洞窟中に響いた。人間である聖司と聖美は、飛び上がって驚いた。心臓が喉から出てきそうな衝撃だった。
「申し訳ありません」
二人に代わって梨々菜が頭を下げる。
「わはは。まあ良い。二人とも、今回の任務では頑張ってくれたからな。ワシの顔など死んでから、いくらでも見られるから、楽しみにしておれ。ところで」
向こうからは見えているようで、梨々菜の手の中にある残骸に目を向けた。
「申し訳ありません。着いたときには、すでに」
「よいよい。それは仕方ないというより、どうにもならぬのだ」
「と、仰いますと」
梨々菜は思わず、伏せていた顔を上げて聞き返した。
「先程、内通者が発見された」
「え?」
「あの杖が向こうの手にあるのは変だという、お前の判断どおり、ワシのことを恨んでいる者が手引きをしたらしい。さっき捕まえて牢にぶち込んでやったわ」
三人は顔を見合わせた。
「その者の自供によると、鏡は最初から割ってあったそうだ。例え負けたとしても、ワシに損害を与えたかったのだろうし、取引を破られることも計算に入れていたのだろう。お前のせいではないし、鏡はまた作れば良いのだから。気にするな」
「はい」
「それと脱獄者どもは全員、退治し終わったとの連絡もあった。梨々菜、お前の任務は終了した。そこの協力者と共に明日の夜、集合するように。ご苦労であった」
「ありがとうございます」
歪んでいた壁が元に戻り、梨々菜は気を取り直して立ち上がった。
「こういう結果になりましたが。聖司さん。短い間でしたがありがとうございました。聖美さんも、ありがとうございました」
梨々菜は深々と頭を下げて、礼を言った。
「こちらこそ。大変な任務だったけど、梨々菜のお陰でやり遂げられたし。貴重な経験が出来たよ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
「明日の夜には、お別れなんだね」
短い間だったが一緒にジョギングをしたなかなので、聖美は込み上げてくるものがあった。
「そうですね。寂しいですが、決まっていたことですから」
「よしっ、まずはこの汚れを落とそうぜ」
聖美は気が付かなかったが、聖司は目に溜まった涙を指で拭うと、元気よく言った。
「そうですね。お風呂なら、すぐに行けますよ」
梨々菜も寂しさを忘れるように言うと、手鏡を出して二人の手を掴んだ。
「おい。ちょっと待て」
「なになに?どうしたの?」
戸惑う二人を無視して唱える。
「行きますよ。瞬」
「きゃあ」
「うわっ」
次の瞬間、三人の身体は、温泉の真上に現れた。当然、服を着たまま、しぶきを上げて湯船に落ちた。
「梨々菜〜」
聖司が、濡れた服はどうするんだと恨めしそうにしているのに、「ふふふ」と楽しそうに笑っているのを見た聖美は、梨々菜が無理をしているのに気が付いていた。
だからここは、しんみりとしちゃいけないと思い、この状況を楽しむことにした。
「服、ビショビショだね。脱いじゃおうかな」
「なに?」
昨晩のことが頭をよぎったのだろう、すぐに出て行こうとする聖司の手を取って、聖美は意外なことを言った。
「一緒に入ろっか」
「何を言ってるんだ。昨日は怒ったくせに」
「いまは、一緒に入りたい気分なの。でも残念ながら、裸でじゃないよ。真っ暗だったら良かったけどね〜。梨々菜さん、水着出せる?」
「はい」
さすがに裸だと、まだ恥ずかしかった。薄暗かった空からすでに、山沿いから顔を出した朝陽で明るくなっていた。
ところが梨々菜はというと、二人に水着を着せると服を脱ぎだした。
「え?梨々菜さん?」
「梨々菜?」
聖美は慌てて、両手で聖司の目を塞いだ。
「裸のお付き合いで、一緒に入ったじゃないですか」
「二人で、そんなことしてるの?」
聖美はいやらしいという意味を含んだ目で、聖司を見た。
「勘違いするなよ。強制したんじゃないぞ。ともかく、今は着てくれ」
「分かりました」
梨々菜は渋々、水着を着た。裸の付き合いというものが気に入っていたらしい。
やっと一安心した聖司が、肩まで温泉に浸かって唸った。
「ふぅ〜。長い一日だったな」
「聖ちゃん、おじさんぽいよ」
「ほっとけ」
「それにしても梨々菜さんて、すごいプロポーションだね」
「そうですか?きゃ」
聖美は梨々菜の胸を突いたり、腰に手を当てて撫でたりして羨望の眼差しを向けた。
「私、ないんだ。陸上で足は太いし」
そう言ってビキニの上から手を当てて落ち込んでいると、聖司が真剣な顔でフォローした。
「胸はともかく、太股は太いから、太股って言うんだよ。細いよりもいいし」
「太くても良いの?良かった。でも、胸はともかくって、どういう意味よ!」
聖美は恥ずかしいのを隠すために飛びかかり、聖司を勢いよく押し倒した。
「ぶはっ。お返しだ」
聖司は起き上がって頭を振ると、聖美の頭を押し込んだ。
「ぷはっ。あはははは」
「ははははは」
こんな風に二人で、はしゃぐのは久しぶりだった。二人とも楽しくて、大声で笑っていた。
「聖美さんも、もう少しすれば、大きくなりますよ」
「そうかなぁ。聖ちゃん、良かったね」
聖司を見て、意味深に微笑む。
「な、なにがだよ」
「大人になったら、一緒に入ってあげる。こんどは裸でね」
「ば、馬鹿野郎」
「あはははは」
狼狽する聖司の顔を見た聖美は、お腹を抱えた。梨々菜は、そんな仲良しの二人を母親的な心境で見ていた。
「聖司さん。私も、今から合宿に参加していいですか?」
「うん。大丈夫だろ。記憶操作だって出来るんだろう」
「はい」
「記憶操作?そんなことが出来るんだ。じゃあ、明日の夜まで一緒だね」
はしゃぐ聖美の後ろから、意外な二人が乱入してきた。
「楽しそうですわね」
「羅々衣さん。ご無事でしたか」
「もちろんですわ」
梨々菜の言葉に、胸を張って答える。
そこには、裸の羅々衣と千代が立っていた。しかも、聖司がいるにも係わらず、堂々と仁王立ちしている。
「聖ちゃん、見ないの!」
聖美は、魅入っていた聖司の頭を沈めた。
「がぼぼぼぼ」
「あなた達、水着を着てよ」
聖司が手足をバタバタさせているのをそのままに、二人に抗議するが、まったく聞く耳を持たない。
「ですって、千代。着る?」
「いいえ。お風呂は裸で入るものですわ」
「ですわよね。と言うわけで、このまま失礼するわ」
二人にとっては、中学生の聖司は男の範疇に入っていないらしい。なに食わぬ顔で湯船に身を沈めた。
「もうっ!」
聖司が溺れそうになっているのも構わず、聖美の声が山中にこだました。