智さんが去って行き、約1時間後。
扉の開く音に反応し顔を向けると、
 
 「藍?どうした?そんなところで‥」
 
 ようやく姿を現したのは祐希さんだった。
床に座り込む俺を不思議そうに見つめている。
 誰も居ない更衣室の床に1人で座っているんだもんな‥そりゃ、不思議に思うだろう。
しかしそれよりも、久し振りに祐希さんから話しかけてくれた事が嬉しかった。
 だから、近寄ってきた祐希さんに思わず抱きついてしまう。
引き締まった背中にギュッと両腕を巻きつけると不思議と心が軽くなるような気がした‥
 
 「祐希さん‥のこと待っとったんよ‥ごめん‥迷惑やった?」
 
 抱きついているせいで表情は分からない。ただ、祐希さんが無言のまま頭を撫でてくれるから‥不意に鼻の奥がツンとする。
 
 
 そして先程の智さんの台詞‥
 
 
 “愛されてるのは自分だけだと思ってる?”
 
 
 自惚れていたのは確かだった。たくさんの愛情を注いでくれる祐希さんに身を委ね過ぎていたのかもしれない‥
 
 俺以外にも相手がおるかもなんて‥考えたことすらなかった。
 
 このままいけば‥
 いつか、祐希さんと智さんは一緒になってしまうんだろうか‥‥‥
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
 
 
 そんなのは嫌や‥
 
 
 
 
 
 巻き付けている両腕に力を込めた。俺の想いが伝わるようにと‥。
 
 「‥聞いてもええ?祐希さん‥俺のこともう好きやないん?嫌いになった?」
 
 「‥‥なんで?」
 
 「口‥聞いてくれんから‥素っ気ないし‥」
 「‥‥‥‥」
 「‥嫌や、嫌いにならんとって。俺‥ぐすっ‥悪い所あったら直すから。祐希さんがおらんと‥困る‥
 そばにおってよ。離れていかんで。
 ‥他の人のところになんて‥いかんとってよ‥」
 
 閉じ込めていた言葉が、嗚咽と共に溢れ出す。今の俺はみっともない表情をしているだろう。
 大の男が縋り付いて泣いているのだから‥。
 それでも‥
構わないと思った。祐希さんの心がもう一度俺に向いてくれるなら ‥
 「藍‥」
 
 泣き止むのを待っていたのか、落ち着いた頃合いを見計らって‥祐希さんがゆっくりと話し始める。
 
 
 「俺は藍の事、好きだよ。嫌いになんてなるわけない」
 
 「ほんまに?」
 
 なら何故態度がよそよそしかったのか‥ 聞こうと思い顔を見つめるが、優しい眼差しと対峙し‥言葉を呑み込む。
 「ほんとだよ。俺、藍に嘘ついたことないだろ?」
 「‥‥‥‥」
 「藍‥‥‥?」
 「それなら‥昨夜は‥なんの‥用事‥やったん?」
 
 意を決して聞いてみる。嘘をつかないと言うなら‥昨日のことを話してくれるはずだ。
 智さんの言葉が正しいのかどうか‥。
 
 「昨夜?‥ああ、打ち合わせがあったんだよ、」
 「打ち合わせ?‥その後は?」
 「その後はそのまま家に帰ったけど」
 「‥‥‥1人で?」
 「くすっ、当たり前じゃん」
 他に誰がいるんだよ‥と祐希さんは笑う。嘘‥をついているようには見えない。
 それなら、智さんが嘘をついている‥?
 ‥いや、そんな嘘をついて何になるというんだろう。
 嘘で‥泊まったなどと言うはずがない。関係があったとまで匂わせてるのがその証拠だ。
 
 更衣室から出る時も‥
 “俺が話したこと、祐希には言わないでくれるよね?‥まぁ喋ったとしても‥傷付くのは藍だと思うけど‥”
 そう呟いていたし。
 
 
 そして明らかに智さんの態度が変わった。祐希さんに想いを寄せているんやと思う。小川さんもおるのに‥。
 
 
 なんで‥‥‥。
 
 
 
 「藍?どうした?黙り込んで‥」
 「祐希さん‥なんで‥嘘つくん?」
 「嘘?」
 「‥だって‥」
 そこで言い淀んでしまう。智さんから聞いたと言えば済む話なのだが‥
直接祐希さんの口から聞きたい。本当の事を‥
 
 「‥藍はなんで嘘だと思うの?」
 言葉に詰まる俺を見つめながら聞かれる。
 「‥‥‥な‥‥‥んとなく‥」
 
 「ふーん‥なんとなくか。勘ってやつ?何か確信があって言ったわけじゃないの?」
 
 グイッと顎を持ち上げられ、整った顔が急接近する。普段は聡明な瞳が‥今は好奇を宿した瞳をしている。微かに妖しさも含むような‥
 そしておもむろに唇を塞がれる。この時刻に残ってる人はほぼ居ないと思うが、ここは更衣室。いつ、誰が入ってきても不思議ではない。そんな場所での突然の祐希さんのキスは意外だった。
 しかも、初っ端から性急さを感じさせる勢いに早くも呑み込まれてしまう。
生き物のように動き回る舌に刺激され、身体の奥が‥熱い。
何度も角度を変えながらの深いキス。頭の芯がボーッとしていく。
 
 ‥ようやく満足そうに唇が離れた時は、フラつきそうになる身体を支えてもらわなければならない程だった。
 
 
 「ふっ、気持ちよさそうな顔してるね。俺が恋しかった?」
 
 唾液で濡れる唇を指でなぞりながら、祐希さんが微笑む。その指先を、考えるよりも先にペロリと舐め取る。堪らず口に含み、赤子のようにチュッと吸い付く。普段なら絶対にしない行為だ。
 
 「恋しいに決まってるやん。祐希さんが‥欲しい‥‥‥‥んっ!?」
 呟いた後、口に含んでいた指先が口腔内に滑り込む。器用に動き回る指に応えるために‥必死で舌を絡ませた。
 
 「上手だね、藍。そう‥いつもそうやって俺を求めてくれる?求めてくれたら‥俺はずっとそばにいるよ‥」
 
 
 時折、指先で喉奥を刺激され嗚咽反射が出そうになるがそれすらも、愛されていると脳が錯覚してしまうのか‥俺の身体は反応していた。
 
 淫らになっていく気がする。
 俺の身体は‥
 
 どうなってしまうのか‥。
 
 以前と変わっていく自分の身体の変化に気持ちが追いつかない。そうして自分の変化に戸惑っていたから‥
 
 
 「‥もっとね、もっと‥嫉妬してもらわなきゃ‥」
 
 
 ‥小さく囁くような祐希さんの声を聞き逃してしまう。
 
 
 祐希さんの真意にも気付かないまま‥。
 
 
 
 「準備するから先に出て待ってて」
 
 祐希さんからそう告げられ、駐車場の入り口で待機する事に。
今夜はもう遅いこともあり、自宅に送ってもらう事になったのだ。
 もしかしたら泊まるんかも‥なんて淡い期待を抱いていた俺にとっては拍子抜けしてしまうものだったが。
 
 
 
数分後‥。
 
 「お待たせ!」
 座り込み携帯をチェックしていたら、祐希さんの声が聞こえたので慌てて立ち上がり声の方を向くと‥
 
 「えっ‥智さん?なんで?」
 
 そう‥そこには祐希さんだけじゃない。帰ったと思っていた智さんが横に並んでいる。
 
 「か‥帰ったんやないの?」
 「そんなに驚く?今日もさ、祐希と帰ろうと思って待ってたから‥」
 「今日‥も?」
 「あっ、いや‥間違えた、今日”は”だった。ちょっと間違えただけじゃん、そんな聞き返すことなの?なぁ、祐希?」
 「ん?ああ、そうだね」
 「ちょっと待って、智さんも一緒に帰るん?」
 「ダメなの?祐希はOKしてくれたよ。なに?藍の許しがないとダメなわけ?」
 「そ‥んな、ダメやって言ってるわけじゃ‥」
 「ならいいじゃん、皆で帰ったほうがいいだろ?俺も祐希と帰りたいし‥ほら、行こっ!」
 
 そう言うと、智さんが祐希さんの腕を引っ張り足早になる。あっという間に‥。目の前の光景にあ然としながら2人の後ろ姿を目で追った。
 
 まるで恋人同士のように腕を組んで歩く後ろ姿に。
 
 祐希さんが何故それを許してしまうのか。
 
 
 色んな感情がごちゃ混ぜになるなか‥
 
 先を行く智さんが一度だけ後ろを振り返り、
 
 俺の顔を見て微笑んだ‥
 胸の奥がズキンと痛む。
 
 
 
 
 
 それは今思うと‥俺等のこれからの関係を大きく変えるきっかけだったのかもしれない‥
 
 
 
 そして俺の嫉妬心も‥
コメント
8件
コメント失礼します😊 今回のお話も最高でした😊嫉妬してしまう藍くんが可愛すぎますね♪それに祐希さんも嫉妬させようとするのが良い感じだと思いました♪次回も楽しみに待ってますね😊最近、コメントが遅くなりすみません💦でも、コメントはしたいと思っています😊これからも頑張ってください👍 応援してます📣
