藍Side
 「はよー‥‥って、藍?お前、朝からすげぇブスな顔してんなっ笑」
 あれから数日後‥。次の試合の練習の為、体育館にやってきたのだが‥。
 あの日‥祐希さんと智さんの3人で帰宅した夜。距離的にも先に降りることになった俺を‥シニカルな笑みを浮かべながら 手を振る智さんの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
 その後、祐希さんからの連絡で”智君も送ってきたから”と言われたが‥
 内心は信じていない。
 これまでの智さんの態度‥。何もなかったというのを信じるほうが難しいだろう。明らかに俺に対して敵対心を表している。
 モヤモヤとしたまま帰宅したあの日から‥快眠を得ることは難しく。
寝ても覚めても、ぐるぐると嫌な場面ばかりが思い出されて‥。
悪い夢なら覚めてくれと願うばかりだった。
 そして現在、ウォーミングアップ中‥
 いま、横で人をブス呼ばわりした人物は智さんの恋人、小川さんだ。
人の気も知らず、ニヤニヤと横で笑っている。
 「小川さんも似たような顔してるっすけどね」
 「バカか、お前っ笑!。ところで最近祐希さんとはどうなんだよ?」
 「連絡はまた取るようになりましたよ」
 「なら良かったじゃん!俺もさ、気になって智さんに聞いたんだけど‥なんにもなかったって言ってたし。ほんとお前の取り越し苦労だったよな」
 「‥‥ほんまに智さんがそう言ったん?」
 「ああ、言ってたよ。智さんが俺に嘘つくわけないじゃん、笑!」
 肩をバシバシと叩きながら小川さんが笑う。きっと全面的に信用しているんだろう、智さんの事を。
 しかし‥
 
 祐希さんの家に行き関係を持ったと話す智さん‥
 
 家には来ていないし会ってすらもいないと言う祐希さん‥
 
 どちらが本当なのか。
 それともどちらも本当の事を話していないのか‥
 
 訳が分からない。
 
 ただ1つ分かるのは‥
 智さんが何故か祐希さんに執着しているということだ。
小川さんは気付いているんだろうか‥
 
 「智さんだって嘘‥つくかもしれんやん、小川さんは何も感じないわけ?」
 「智さんが?嘘つくなんてないね!最近は忙しくて会えてないけど、連絡は取ってるし‥」
「なに?俺の話?」
 いつの間にか近くに移動していた智さんが、俺の顔を見ながら微笑む‥が、目の奥が笑っていない。確かめにきたんだろうか‥俺が喋らないようにと。
 「藍が智さんに妬いてんのよ、祐希さんとは何にもなかったって言うのにっ」
 「ふーん‥そう。妬きもちね‥。まぁ、度が過ぎると祐希から嫌われるかもよ‥なんてねっ笑」
 
 
 意味ありげに笑う表情に何となく嫌なものを感じ‥思わずムッとしてしまう。
 
 「肝に銘じておきますよ。でも、祐希さんに嫌われるなんて、百%ないとは思うんすけど‥。どっかの誰かに取られん限りは‥」
 「へー、自信満々じゃん。どっからくるのかな、そんな自信。つい最近までその祐希が冷たいって自信喪失になってた気がしたけど‥」
 
 「誰かさんが祐希さんに固執してるせいなんすけどね。‥まぁ、そんな時に自信無くしてる場合やないなと気付いたんで‥」
 
 「さっきから誰のこと言ってんの?」
 「胸に手、当てて考えてみたら分かるんじゃないすか?そんな事も分からんの?」
 「ふーん、藍もそんな言い方するんだ、それなら‥俺も遠慮しなくていいよね」
 「はっ、遠慮も何も‥。ここで俺が全部喋ったって良いんですからね!」
 「喋れば?それで気が済むならどうぞ!」
 「なっ、大体智さんが喋るなって言うから俺は黙ってたのに‥」
 「ちょっ、ちょっと!藍!どうした!?落ち着けよ‥智さんまで‥」
 段々とヒートアップしていく俺たちに見かねた小川さんが仲裁に入り込む。
熱くなって気付かなかったが‥今はウォーミングアップの最中だった事にふと我に返る。
 周囲も空気で察したのか、気付けば俺等の周りには誰もいない‥
 いかん、冷静にならなくてはと‥深呼吸をしていると、小川さんがポンポンと智さんの頭を撫でているのが視界に入る。
 「智さん、大丈夫?落ち着いた?」
 「ん‥ありがと、もう大丈夫」
 優しく気遣う声に甘えた声で応える智さん。それを冷ややかな目で見つめてしまう‥。そして、溜息。笑顔で智さんが去っていった後に、小川さんからは小言を言われるし‥はぁ‥。
なんでこうなってしまうのか。
 
 
 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、午後の練習が終わった。午後からは試合形式の練習だったが、そこでも智さんは祐希さんにべったりだ。よほど俺に見せつけたいらしい‥。
 しかし、祐希さんにも徐々に腹が立つ。練習やのに、あんなに距離が近いなんて‥。俺のところには全然来ないくせに‥。
智さんばっかりや‥。
 
 俺の事好きって言うてくれたのに‥
 
 あの言葉を信じているのに‥
 
 
 
 太志Side
 
 「祐希、ちょっといい?」
 更衣室に戻る途中、ちょうど1人でいた祐希を誘い自販機の前に移動する。
 
 「なに?珈琲なら奢んないよ、」
 
 「珈琲は奢れよ‥いや、‥じゃなかった。お前、藍とうまくいってんの?」
 「‥なんで?」
 「どう見たって、藍は元気ないし‥お前は智君とずっと一緒だし。なに?まだなんかあるわけ?藍に聞いたけど、大丈夫って言うから安心してたのにさ‥」
 「くすっ、お前はいつも藍の事気にしてるよな‥」
 
 俺の言葉に意味ありげに笑うその顔に‥なんとなくだが‥違和感を覚え始める。
 「気にもなるだろ、いつも元気な奴があんな顔してりゃ‥お前は気になんないわけ?」
 「気にはしてるよ、いつもね‥いつも‥」
 「‥‥お前‥‥‥‥」
 
 含みを持たせた笑みにふと疑問が浮かぶ。
いや‥まさかな‥そう思うが‥祐希の表情を見て確信へと変わる。
 
 「はぁ‥マジかよ‥」
 「ん?」
 「お前さ‥わざとやってるだろ‥わざと藍に冷たい態度取って反応見てるだろ?」
 「んー、半分正解ってとこかな」
 「ガキじゃあるまいし‥それやって意味あんの?」
 「意味はあるよ。現に今の藍は俺のことで頭がいっぱいだから‥俺に愛されたがってる。俺のところまで堕ちてくるのも時間の問題かな、」
 「嫉妬させたいんだな‥だから、智君との距離も近いってわけか‥」
 藍をコントロールしたいのだろう。自分の支配下に置きたいのかもしれない。
 
 「普通に愛してあげればいいと思うけど‥」
 「‥執着も1つの愛の形なんだよ。どんなに愛を綺麗に語ろうが‥それはもう全部執着なんだと俺は思ってる」
 そう呟きアルカイックな笑みを見せる祐希を俺は面食らって見つめる。
 長い付き合いになるが、こんな表情は初めて見るかもしれない。
 
 
 異様にも感じる‥
 
 祐希の執念は相当だ。
 
 囚われすぎているのかもしれない。
 
 それだけ藍の存在が特別だということなんだろうが‥
 
 
 「まぁ、とにかく藍を泣かせるなよ。後、智君とも程々に。小川が知ったら、大変だぞ。これ以上拗れたら面倒見きれん からな、俺は‥」
 
 
 最後に釘を刺したが‥どうなるやら‥
 
 
 祐希と別れた後、そう言えば珈琲奢ってもらってないな‥と、ぼんやり考えながら更衣室に入ると‥
 仲睦まじく祐希と智君がじゃれ合っているじゃないか。
 それを凄い形相で睨む藍‥
 あいつ、人の忠告、全然聞いてないな‥。
 
 ん?いや‥
 待てよ、
 これは‥‥
 
 
 改めて2人を見て気付いた。
 
 智君の方が祐希にベッタリだということに。
 
 おかしい。俺の見解では、智君は祐希の協力者だと思っていたが‥そうじゃ‥ないのか‥
 
 そもそも、智君は小川と付き合っているはずだ。その小川はもう帰っているのか、姿が見当たらないが。
 そうやって、更衣室をぐるりと見渡していると、不意に智君の言葉が耳に入る。
 「祐希、家に行ってもいい?」
 はっ?聞き違いか?
 いや‥俺と同じく聞いていたであろう藍がワナワナと震えている。聞き違いではなさそうだ。
 
 どうしたものかと思案するが、誘われている祐希の反応が気になり、反応を伺ってみると‥、
 「ん‥いいよ、別に」
 
 ‥マジか、こいつ。藍の拗ねたような顔が視界に入らないんだろうか。
 面倒見れん‥とは言ったが‥藍の寂しそうな顔についつい助け舟を出したくなってしまう。
 「おいっ、祐希!今夜は藍連れてけ!」
 「えっ? 」
 「智君そんなわけだから、今日はやめてまた今度にしてあげて?藍が寂しがってるからさ」
 2人の間に割って入ると、あからさまに不服そうな表情をする智君に‥さすがの俺も察しがついてしまう。
祐希に特別な感情を抱いていることに。
 
 だが、今夜は遠慮してもらおう。
 
 「いいよな?祐希?」
 少々強引だったが、祐希を見ると頷いているし、藍は‥俺の言葉に目を輝かせているし。
 
 去り際、
 「今日は祐希と仲良くしろよ、」
 と耳元で囁くと満面の笑みで俺を見つめる藍に満足しながら更衣室を後にした。
 
 
 ただ‥
 
 
 
 去り際、智君の表情がいささか気になったが‥
 
 
 
 
 そのときの俺は‥
 
 全く気にもとめなかった‥
 
 
 
 
 そして、後に分かることとなる。
 
 
 あの表情の意味を。
コメント
11件
コメント失礼します😊 今回のお話も良かったです♪智くんがライバルになってしまってこれからの祐希さんと藍くんの関係がどんな感じになっていくのかが気になってしまいました😊祐希さんはきっと藍くんを愛したいばかりなんでしょうね🤭いつも見ていて本当に飽きないのでこれからも頑張ってください! 応援してます📣
