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「はぁ……」
手紙を受け取ったガブリエルは、小さく溜息を吐いた。
「ステファンの影……シュヴァリエ、か」
目を閉じて暫く考え、立ち上がると執事を呼んだ。
「宮殿に向かう。用意を」
それだけ言うと、美しき公爵は颯爽と歩き出した。
◇◇◇
――その頃。
沙織はステラに用意してもらった、動きやすい服装に着替え、こっそりと寮を出ていた。市井へ、お忍びで遊びに行くという体で。
ガブリエルにも協力を得て、カリーヌとミシェルは休日を利用し、アーレンハイム邸に帰ってもらってある。
ちょうど、お茶会の招待状が来ていたらしく、ガブリエルの代理でカリーヌとミシェルが行くことになったのだ。
ミシェルは、沙織の本当の行き先を知っているので、何か言いたげな表情だった。無論、カリーヌに悟られては困るので、面と向かって言葉にはださなかったけれど。
すれ違いざまに「決して無理はしないように」と言われた。
(最近のミシェルは、私にも優しい気がする……うん、少しだけどね。なかなか良い弟だわ)
ふふっと笑みが出てしまう。
馬車に揺られる沙織の膝の上には、リュカが乗っている。柔らかく、適度な重さに癒される。撫でると背中がモゾモゾするのが面白くて、ついつい沙織は繰り返してしまう。
一見カワウソだが、イタチ科のカワウソと違い、リバーツェは猫科っぽい。
長い胴に短い手足、ちっちゃな耳に愛らしい瞳。ピンピンしてるヒゲが豊富で、毛は短いが柔らかく、尻尾もフサっとしている。水掻きは無くて、肉球はぷにぷにしていた。
ステファンは嫌がったが、シュヴァリエはお願いしたら結構触らせてくれる。抱っこも最初は戸惑っていたが、今では膝の上で丸くなるのも抵抗は無いようだ。
(まあ、中身はシュヴァリエだから……目は閉じていても、神経は張り巡らせていそうだけどね)
馬車は市井を通り抜け、人通りの少ない道を更に進んで行く。
(国境門付近ってことは、国の端になるのかしら? そりゃ、遠いはずだわ)
緑が濃くなり、路らしき路も無くなった。馬車を止めると近くで待機してもらう。
そして、リュカに案内されて先へと進んだ。鬱蒼と茂る樹々のせいか、辺りは薄暗くなってくる。
『サオリ様、この辺から結界を張った方がよろしいかと』
「分かったわ。私とリュカが入れるサイズでいいかしら?」
『そうですね、何かあれば人の姿に戻ります。リュカの方が結界が小さく済むので、サオリ様の負担が少ないかと思います』
180センチ以上ありそうなシュヴァリエと、小動物ではサイズが全く違う。
当然、影であるシュヴァリエも、自分自身で結界は張れるのだが。
なるべく沙織から、離れないようにしなければいけない。森では同じ結界の中に入るようにと、ステファンにも言われたからだ。
(それに、見た目がステファンの……いや、こっちが本物だけど。男性と寄り添って歩くのもちょっとねえ。あまりイケメンが近いと……ドキドキしちゃうし)
取り敢えずドーム状の結界を、自分とリュカが入れるギリギリサイズで張った。それはもう、念入りに強度増し増しで。
そして、森の中をどんどん進む。
身体強化なる便利な魔法も習ったので、足だけ強化させれば疲れることも無いのだ。
ちょいちょい小さめの魔獣が飛び掛かってくるが、結界によって全て弾き飛ばされていく。
「ねえ……シュヴァリエ。これだと、魔獣を観察する間も無く飛んで行ってしまうわね」
『……そうですね。この結界、どれだけ強化してあるのですか?』
「え? とにかく強くよ。攻撃がきたら倍の力で跳ね返したら安全かなぁ〜って」
『……………。安全なので、よろしいのではないでしょうか』
(なんだか、沈黙長くなかった? まあ、いいか! 安全第一よ)
それから――、二人はかなり奥までやって来た。
辺りは入り口より更に暗くなっていて、目を凝らすと怪しげな洞窟とかもあった。獰猛そうな咆哮も聞こえてくる。
洞窟の中からは……赤く光る幾つもの眼球が、こちらを見ていた。
沙織の背筋に冷たいものが走り、思わずリュカをギュッと抱きしめる。
『あれは多分、ミノタウロス……。こちらへ突進して来るでしょう。普通であれば、一匹でも遭遇してしまったら、大変厄介な奴ですが……。この結界でしたら大丈夫です』
「でもっ! 万が一ってことが……私から攻撃するのは駄目かしら?」
『駄目ではありませんが、結界を解くのは危ないです。指先だけ結界の外に出せたら、以前ステファン様の結界を壊したあれで倒せるかと』
「分かったわ!」
リュカを下ろして集中する。
(えーと、指だけを結界から出すには、透過のイメージで……あ、出た。そのまま、ウォータージェットをイメージして……っと)
『来ます! ――今ですっ!』
――キュインッ!!
勢いよく突進してきた、角を生やした牛頭に向けて発射させると、上手く命中して後ろへと吹き飛んだ。
「あ……当たった」
安堵した瞬間、横からもう一頭が飛び掛かって来た。直ぐ様リュカはシュヴァリエに戻り、沙織を庇うように抱きかかえ、攻撃態勢をとるが――。
「「あっ」」
素晴らしい結界により、ミノタウロスもあっさりと弾き飛ばされた。
「サオリ様、この結界は……やはり最強ですね」
「ぷっ……怖がる必要なかったわ!」
気が抜けると、なんだか可笑しくて笑ってしまう。
それから、二人は気がついた――。
いつもとは逆に、沙織がシュヴァリエの腕の中に居ることを。
「……サオリ様、申し訳ありません。結界を、広げていただけないでしょうか? サオリ様を下ろすには、この中は少し狭いようです」
「あ、は、はい!」
シュヴァリエの胸の音と、声があまりにも近く、沙織は慌てて結界を広げた。
(お、男の人に、抱きしめられてしまった……)
シュヴァリエはそっと下ろしてくれたが、速くなった心臓の鼓動は治まらない。
「ミノタウロスが居るという事は……どうやら、あの洞窟の先は、迷宮になっているのかもしれません」
「そ、そうなのね」
ドキドキが治まらないせいか、返事がぎこちなくなってしまった。
心配したシュヴァリエが、沙織の顔を覗きこむ。
「サオリ様は、初めて魔物を間近でご覧になったのですね。怖いのも無理はありません。ですが、必ず私が貴女をお守りいたしますので。ご安心を」
そう微笑むシュヴァリエは……。今まで見たステファンの表情ではなく、シュヴァリエ自身の優しい笑顔だった。
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