次の日、テオドールは街に出て宿を探した。だが、何故だか何処も埋まっていて泊まれない。おかしい……。
まさか、やられた。
ランヘル伯爵が、手を回しているのだろう。そうなると、この辺りの一帯の宿は、何処も宿泊する事は出来ないだろう。最悪だ。これでは、また今日もランヘル伯爵の屋敷に泊らないといけない。
「はぁ……仕方ないか」
この町にいる間は、ランヘル伯爵の屋敷に滞在する他なくなった。
今回の視察は、10日程を予定している。その間、ずっとアドラに付き纏われそうだ。今朝も、あんな事があったにも関わらず、何事も無かった様に接して来た。図々しいというか、肝が据わっているというか。
「テオドール殿下!」
屋敷に滞在して、5日目。あれから、アドラからの夜這はないが、代わりに昼間付き纏われている。ベタベタ身体に触れてくるのは当たり前。腕を掴み、まさかの胸へとワザと当たる様にしてくる。更には、口付けを強請る素振りを見せたりと、テオドールは疲れ果てていた。
「テオドール殿下、このお茶如何ですか?」
そして、6日目。何故だか、テオドールはアドラのお茶に付き合わされている。終始笑顔で話すアドラは、本当にめげない。テオドールが、遇らい続けているにも関わらずだ。
「うん……美味しいよ」
「それは良かったですわ!何しろ媚薬入りですので」
ブゥフッ‼︎
テオドールは次の瞬間、お茶を吐き出した。
「嫌ですわ〜テオドール殿下ったら!冗談です」
すくすく笑うアドラを、怪訝そうな顔でテオドールは見遣る。絶対、怪しい……今度からは、口にするものにも気を付けなければ。
「それは、また愉しいですね」
その夜自室にて、如何にも愉快そうに笑うニクラスに、テオドールは苛っとした表情になった。
「これの、どこが愉しいって?全く、堪ったもんじゃないよ。媚薬だよ?流石に有り得ない」
これまでのアドラの行動は目に余るものばかりだったが、流石にここまでくると呆れるを通り越して、頭にくる。
もしも、ヴィオラが同じ事をしたとしたら……それは、絶対に嬉しいに決まっているが。
ヴィオラが、上目遣いで、腕に絡みつき、胸を押し当ててきたり……。
実は、それ媚薬入りなんです。
なんて言われたら……そのまま抱き抱えて部屋に直行するに決まってるっ‼︎
「テオドール様……鼻血が……」
ニクラスに言われ、テオドールは焦って鼻を押さえた。つい妄想をしてしまった。
◆◆◆
「ヴィオラの事を考えたら、つい」
鼻血を出すなど、どう考えても卑猥な妄想以外の何ものでもない。ニクラスは、苦笑する。
だが、少し嬉しくもある。
最近のテオドールは、昔に比べて随分と感情を表すようになった。それもこれも、彼女のお陰だろう。
彼女と出会う前のテオドールは、かなり淡白な性格だった。誰に対しても優しくはあったが、自分自身の感情はいつも隠し、我慢をしている様に見えた。
だが、彼女と出会ってからは、変わった。今回の事もそうだ。以前のテオドールなら、有り得なかった。どんなに嫌でも、完璧な笑顔は崩さない。
女性が苦手であろうと、嫌な顔一つせずに優しく接していた為、アドラのように勘違いをする女性も多かった。
だが、一方で舞踏会では誰とも踊らないという矛盾もあり、様々な憶測も囁かれた。テオドール殿下が、男色だ……との噂も。ニクラスもテオドールと、噂になった事がある。とばっちりもいい所だ。
「テオドール様、私はヴィオラ様との事、応援しております。彼女は、優しく純粋で思い遣りもあり、よい方です。忍耐強く、努力家でもありますしね」
あの時、ヴィオラは必死に歩けるようにと、努力していた。並大抵な努力ではないのは、医師であるニクラスは、よく理解している。
ヴィオラは、当たり前の様に、人に感謝をする事が出来る。ちゃんと、謝罪が出来る。他者を虐げず、尊重する事が出来る。
城でも少し接する機会がかったが、そのように感じた。
全て、出来るのは人として当然ではあるが、意外と出来ない者が多いのが事実で、特に貴族などに多いのが実情だ。
この屋敷の主人の娘、アドラもまた然りだ。貴族の令嬢は、アドラの様な性質が多い。蝶よ花よと大切にされ、全てを肯定されて育てられる。そんな風に育てば、大半はアドラの様に、気位が高く、我儘で傲慢になるだろう。
「彼女なら、貴方に相応しいと、私は思っております。頑張ってください、テオドール様。貴方次第です」