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日和美ひなみはまだ勤め始めて半年経っていない。 有給休暇だって取得できる状況ではないので、どんなにしんどくても頑張るしかないわけで。


日和美は職場に戻るなり一旦トイレに駆け込むと、手洗い場でバシャバシャと顔を洗った。

化粧が落ちてしまったけれど、もともとそれほど濃いメイクを施しているわけではなかったので、口紅とアイシャドウを塗り直したらそこそこの体裁は保てた。

ただ、ごしごしとこすってしまった目の周りが赤くなっているのはファンデーションをはたいても誤魔化しきれなくて。


そもそも白目自体がアルビノの白うさぎみたいに赤くなってしまっている。


(酷い顔だな……)


結局お昼ご飯にと買ったものも、道端に落っことしてしまって何も食べるものがない。


だからと言ってお腹が空く気配もなかったので、休憩時間中は事務所のテーブルに顔をうつ伏せてじっとうずくまっていた。


途中、出かける際にポケットへ突っ込んでおいたスマートフォンがブルルッと震えて何かの通知を知らせてきたけれど、恐らく短めだったからメールか何かだろう。


確認する気になれなくて無視していたら、しつこいくらいに何度も何度も震えるから。


日和美はノロノロと身体を起こすと、ポケットからスマートフォンを取り出した。


どうやらメッセージは全て信武しのぶからのものらしく、通知一覧に『どこにいんの?』とか『近くまで来たからちょっと顔見たいんだけど』とかそんな文言が連なっていた。


(近くにいるのなんて知ってる……)


ぼんやりそんなことを思って、そのままメッセージアプリを開かないままスマホをテーブルに転がして。


半ば無意識に一人悪態をついた。


今は休憩中だからこうやって画面を見ることが出来ているけれど、それ以外はスマートフォン自体鞄の中に入れっぱなしなのだ。


こんな風にメッセージを送って来ても読むのは困難だと思わないんだろうか。


一般的な事務職と違って、接客業はみんなが一斉に昼休憩を取ったりすることなんて無理なのに。


いくらお昼時だからと言って、日和美が休憩中とは限らないというのも失念されている気がした。


(信武さん。作家なんて自由な仕事をしているから、そういうのにうといのかな?)


ふとそんなことを思って、そもそも信武は何歳ぐらいから作家先生をしているんだろうと思って。


萌風もふもふ先生が、日和美が高校二年生の時にデビューなさったのは知っているけれど、立神たつがみ信武という作家が、何年前から文筆業を営んでいるのかは知らないことにふと気が付いた日和美だ。


ノロノロとスマートフォンを取り上げて画面を見詰めて。


『ホントどこにいるんだよ』


再度ブブッと手の中でスマートフォンが震えて新しいメッセージを受信したけれど、日和美はそれに応える気にはなれなくてその通知自体まるっと無視することに決めた。


そのくせ頭の中は信武で一杯とか……自分でも矛盾していて嫌になると思ったけれど、気になってしまった以上調べずにはいられない。


日和美は、メッセージは未読のままに別のアプリ――Webブラウザを開くと、検索ワードに『立神信武』と入力して先日見たWebpediaウェブペディアの画面を再度開いてみる。


前に見た時は彼が作家なこと、代表作にどんなのがあるのかということ、家族に有名人がいることなんかをさらりと見ただけで、その下に連なる詳細までは読み込んでいなかったから。


ふと興味が湧いて、生まれ年からでデビュー年月日を差し引いてみたら、十六で。

日和美は思わず「嘘でしょ……」とつぶやいていた。


十六歳の立神信武青年が書いた、大手出版社『丸川書店』主催の『マルカワ雷撃文庫』の新人賞大賞受賞作品は、もちろんエッチなものではなくて。


今は絶版になっていて読めないみたいだが、『ひとりぼっちの竜王と、嫌われものの毒姫さま』という、いかにもファンタジーチックなタイトルの作品だった。


ペンネームもその頃は「リシュエール」という、全く違うものを使っていたらしい。


前に上の方に書かれていてちらりと見た主な作品一覧にはファンタジー要素を含んでいそうなものは一冊もなかったのに、デビュー作とのギャップに驚いてしまった日和美だ。


どうして立神信武として発表した作品からは、ファンタジー色が消えてしまったんだろう。


試しにウェブペでリシュエールで検索し直してみたけれど、それらしき作家さんはいなかった。


でも――。


(リシュエールさんってお名前の方がピンとくる気が)


ともすると、金髪と表現しても通用するような毛色のふわふわな髪と、色素の薄いブラウンアイ。

ビスクドールみたいになめらかな色白の肌。


ロシア人の血を引く母親譲りらしい彼の見た目には、いかにも日本人でござい♪と言った「立神たつがみ信武しのぶ」なんていう猛々たけだけしい名前よりも、「リシュエールなんとか」という柔らかな響きの方が絶対に似合う。


気が付けば、そんなどうでもいいことを思ってしまっていたのは、立神信武という男が日和美ひなみの見ていないところ(?)で、他の女性と懇意こんいにしていた(?)という現実から逃げ出したかったからに他ならない。


それにしても。


(そっか。信武さんは私がまだ漫画ばっかり読んでたような頃から小説を書いてらしたんだ)


十六歳といえば高校一年生。


小学・中学と少女漫画ばかりを読んでいた日和美は、高一の頃にももちろんそうで。


高二になった頃、たまたま本屋でお気に入りの漫画家さんが裏ペンネームで表紙絵を描いておられたのをきっかけに、萌風もふもふ先生の作品に出会うまでは小説自体避けてきたくらい。


日和美が持っている漫画の中ではキス止まりの絵柄しか描かない漫画家さんが、十八歳未満は読んではいけませんよ?な雰囲気漂うエッチな表紙絵を手がけていらしたことにドキドキして。


制服姿だったから気後れして、その場ではすぐに買えなかった日和美だ。


でもどうしても気になったから。


週末に手持ちの中では一等大人っぽい私服に身を包んで、メイクまで施して再度本屋に出向いたのを覚えている。


わざわざ裏返して、バーコード側を向けて店員さんに手渡したのに、そこにもうっすらと表紙の絵柄が作品紹介の文字の下に透けるように描かれていたから死ぬほど恥ずかしかった!


『――高校生にはお売り出来ません!』

そう言われて突っぱねられるかも、とソワソワしながら店員さんの手元ばかりをじっと見つめて。

『――……円です。カバーはお付けしますか?』

そう問われた時には『そのままで大丈夫です!』と震える声で応えて図書カードで決済したことまで鮮明に思い出せる。


でも、だからこそ! 無事に買えた時の喜びもひとしおだったのだ。


それが、萌風もふもふ先生の処女作『ユラユラたゆたう夏祭り〜金魚すくいですくったふわふわドS王子様からの濡れ濡れな溺愛が止まりません!〜』だったのだけれど。


萌風もふもふ先生の作品を読んでからはエッチなTL小説沼にどっぷり浸かってしまったけれど、漫画だって結構好きで……今でも沢山読んでいる。

ただ、紙本で集めている小説とは違って、漫画はもっぱら電子書籍中心なだけ。


(あ! そうだ、電子書籍……!)


そこでふとそう思い至って、検索ワードに『ひとりぼっちの竜王と、嫌われものの毒姫さま』と入れて検索してみたけれど、電子でもその作品は出回っていなかった。


古本も視野に入れて検索を掛けてみたけれど、見事なくらい引っ掛からなくて。

十六年も前の作品だし、仕方ないかなと意気消沈した日和美ひなみだ。


ファンタジー作品大好きな日和美としては、読んでみたかったのだけれど。


信武しのぶ本人に頼めば読むことは可能かもしれないけれど、今はしばらく信武とは話したくなかったから。


はぁ、と小さく吐息を落とすと、日和美はスマートフォンをテーブルの上に置いた。

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