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要支援2の認定が下りて数日後、自宅に担当のケアマネジャーが挨拶にやってきた。
「初めまして! 担当になります近藤です。柊吾さん、お母様、よろしくお願いしますね」
やってきたのは、三十代半ばほどの朗らかな女性だった。よく通る明るい声と、人懐っこい笑顔が印象的で、初対面の緊張をふっと和らげてくれるタイプの人だった。そしてその傍らには、自然な立ち振る舞いで同席している瑞樹の姿がある。
介護申請の際、瑞樹に紹介されたのが、彼自身が介護士として勤務している総合介護施設『おひさま』だった。デイサービスもショートステイも併設されているそこなら、何かあっても瑞樹がいる。柊吾にとっても、母にとっても、気づけばそれ以外を考えていなかった。
「黒瀬さんからお聞きしていましたよ。柊吾さん、本当によくお母様を支えてらっしゃって……。『おひさま』のデイサービスも、すぐ慣れてもらえるようスタッフみんなでサポートしますからね」
「あ、いえ……よろしくお願いします」
手際の良い近藤の説明により、利用計画や今後のスケジュールが順調に決まっていく。
だが、その場の状況があまり理解できていない真理子は、並んで座る瑞樹と近藤をじーっと見比べると、ふいに手をポンと叩いて嬉しそうに微笑んだ。
「あらぁ……あなたたち、お似合いねぇ。もしかして、結婚するの?」
「っ!? は、母さん、何言ってるんだよ……っ!?」
唐突すぎる真理子の頓珍漢な発言に、柊吾は顔が一気に熱くなりながら慌てて制止した。だが、近藤は嫌がる風もなく、どこか嬉しそうにパタパタと手を振って笑う。
「真理子さんってば、ご冗談を〜! そんな風に見えますか?」
「ええ、とってもお似合いよぉ。ねえ、柊吾?」
「なっ……! だから、母さん……っ」
真理子に水を向けられ、柊吾の心臓が嫌な跳ね方をした。
視線をやると、瑞樹も困ったように苦笑しつつ、特に否定も肯定もせずに「近藤先輩には勿体ないですよ」と軽く受け流している。
(……否定、しないんだ)
しかもその言葉は、否定ではなく近藤を褒めているのだ。「自分には勿体ない」——つまり、近藤のことを高く見ているということ。
胸の奥を、冷たい何かでそっとなぞられたような感覚。
同じ施設で働くプロ同士、気心の知れた美男美女。どう見てもお似合いで、自分たちなんかが入り込める余地もない、完璧な二人の世界。
ドロドロとした嫉妬のような、惨めさのような感情が胸底から一気に湧き上がってくる。だが、柊吾は必死で奥歯を噛み締め、完璧にポーカーフェイスを決め込んだ。
「……すみません近藤さん、母が変なこと言っちゃって」
「いいえ〜、お母様可愛らしくて癒やされちゃいました! ……さてと、それじゃあ最後にお渡しする契約書類なんだけど……あれ?」
近藤が笑顔でカバンの中をガサゴソと探り始め、首を傾げた。
「あの資料、どこにいったかしら……」
「これですか?」
焦る近藤の横で、瑞樹が自分のカバンからスッと一つのクリアファイルを取り出した。
「あ! それ! なんで黒瀬さんが持ってるの!?」
「先輩のデスクの上に置きっぱなしになっていたので、念のため拾っておいたんです」
眼鏡の奥で楽しそうに目を細め、悪戯っぽく微笑む瑞樹。近藤は「やだ〜! ごめんなさい、本当そそっかしくて!」と頭を抱えて苦笑いした。
「本当、黒瀬さんは気が利くわぁ。助かりました!」
「いつものことじゃないですか。はい、どうぞ」
「もー、そんなこと言わないでよ。でも、助かったわ。ありがと」
(……仲、いいんだな……)
息のぴったり合った二人のやり取りを目の前で見せつけられながら、柊吾はただひたすら顔に貼り付けた愛想笑いを崩さず、その場をやり過ごすことしかできなかった。膝の上で握りしめた拳だけが、誰にも気づかれないまま、静かに白くなっていた。
やがて挨拶を終えた近藤と瑞樹が連れ立って玄関を出ていく。ドアが閉まり、二人の足音が廊下の向こうへ遠ざかっていった。
静まり返った部屋の中で、柊吾はしばらく動けなかった。
(……なんで俺、こんなに嫌な気持ちになってるんだ)
答えは出てこなかった。ただ、膝の上の拳だけが、まだ白いままだった。
コメント
1件
柊吾くんの胸の奥で渦巻く嫉妬と惨めさ、すごく伝わってきました……。あの「否定、しないんだ」の気づきの瞬間、心臓がぎゅっとなる感じ。二人の自然なやり取りを見せられて、ポーカーフェイスの裏で拳を白く握りしめる柊吾くんの姿が切なくて。近藤さんと瑞樹さんの息の合った関係も、ちゃんと恋愛の匂いがして、読んでて苦しくなりました。でもその苦さが、この作品の魅力だと思います🌙
そあふぃー
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