テラーノベル
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「ハァ……ハァ……!」
十分後。 僕は息を切らして席に戻った。手には、ショップの袋から取り出したばかりの、カシミヤの大判ストール。
「お待たせ」
「陽一さん……?」
きょとんとする彼女さんの背後に回り、僕はふわリとストールをかけた。
露出した背中と、冷えていた二の腕を、温かい布ですっぽりと包み込む。
「これ、使ってください。寒そうだったから」
「え……これ、今の間に買ってきたんですか……?」
「一番暖かくて、その服に似合いそうなのを選んだつもりなんだけど……どうかな」
白石さんが、目を見開いて僕を見上げる。
「……あったかい」
「よかった」
僕は安堵して席に着いた。ストールで隠れてしまった「絶景」を惜しいと思わなかったわけじゃない。でも、布に包まれてほっとした表情を浮かべる彼女のほうが、露出した姿よりもずっと愛おしく思えた。
「……優しいですね、陽一さん」
彼女が口元をストールに埋め、顔を赤らめる。その表情は、さっきまでのサキュバスのような妖艶さは消え、少女みたいだった。
(……危なかった。ある意味、さっきより破壊力が高い)
僕はドキドキをごまかすように、メニューを開いた。
その夜、彼女はずっとストールを手放さず、時折思い出したように僕を見ては、嬉しそうに微笑んでいた。
***
レストランの料理は美味しく、会話も穏やかだった。白石さんから手作りのチョコをもらって、結局、その夜はそれだけで終わった。
帰りの電車の中。ひよりは、首元のストールを握りしめながら考えていた。
(……落ちない)
これだけ仕込んだのに。これだけ栄養を与えたのに。
(でも……)
(欲しいのは、身体だけじゃない)
簡単に落ちない男。欲望より、優しさを優先させる男。私のために走って戻ってきた姿が、何度も脳裏に浮かぶ。
——ドクン。
心臓が、はっきり音を立てた。かっこ良すぎる。無理。
「好き……」
(……ああ、はやく食べたい。絶対、食べるけど今日はおあずけ♡)
狩りは、まだ終わっていない。
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