テラーノベル
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三月。それは企業の決算期であり、我々システムエンジニアにとっては「無理ゲー」とほぼ同義語だ。
システム部の僕は、連日のトラブル対応と仕様変更の嵐に巻き込まれ、ここ二週間は終電帰りが当たり前になっていた。
同じ頃、営業事務の白石さんもまた戦場にいた。期末の数字に追われる営業部のサポートで、残業続きの日々らしい。
ここ最近のLINEは、もはや業務連絡に近かった。
『今日も残業〜まだ会社(涙)』
『お疲れ。生きてる?』
『瀕死……先に寝るね。また明日』
文字だけ見れば、付き合って数か月のカップルとは思えないほどそっけない。
それでも、深夜に届く「おやすみ」のスタンプや、語尾につく「ね」「よ」の柔らかさに、彼女の気遣いが滲んでいる気がして——それだけで、ささくれた心が少しずつ修復されていった。
そして、三月十四日。ホワイトデー。
ようやく仕事が一段落し、久しぶりに土曜日のデートが叶う日だった。
バレンタインのお返しも用意した。レストランも予約した。
——今日、会える。
その楽しみだけを支えに、僕は地獄の二週間を走り抜けた……はずだった。
朝、目を覚ましたとたん、世界がぐらりと揺れた。
「……う、っ……」
割れるような頭痛と関節の軋み。震える手で体温計を脇に挟む。
数分後、電子音が告げた数値は——『38.8℃』。
「……終わった」
よりによって、今日。
絶望しながらスマホを掴み、彼女に連絡を入れる。
『ごめん。熱出た。今日は会えないかも』
送信した指先が、罪悪感で重くなる。
すぐに返信が来た。
『住所教えて』
短い一文。絵文字もスタンプもない。
(え……? これ、もしかして来るやつ……?)
いや、まさか。まだ付き合って日も浅いし。住所を送った後、『寝れば治るから大丈夫』と打とうとした。
——ピンポーン。
その矢先、玄関のチャイムが鳴った。LINEの送信から、わずか二十分。
「……はやっ」
僕はフラフラする足取りで壁を伝って歩き、ドアを開けた。
そこには、マスク姿の白石さんが立っていた。手にはスーパーの大きな袋を抱えていた。
「来るのめちゃくちゃ早いね……」
「近かったからタクシーで来ました。体調大丈夫ですか? なにが必要かわからないから色々買ってきました」
袋の中には、スポーツドリンク、冷えピタ、ゼリー、米、卵。この短時間で、これだけの準備を?
「……今日は本当にごめん、色々ありがとう」
「謝らないでください。ごはん、食べれますか?とりあえず、おかゆ作りますね」
そういえば、家の冷蔵庫には水しかない。テキパキと料理をする彼女の背中が頼もしく感じた。
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