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孝介のバッグをリビングへ置き、彼の着替えを用意する。
シャワーを浴びている彼に
「着替え、ここに置いておくね?」
そう声をかけたけど、返事はなかった。
絶対聞こえているのに。
昔は「ありがとう」と言ってくれた時もあった。
今ではこれが当たり前だ。
彼がシャワーを終え、出てきた。
「何か飲みますか?」
私はキッチンで待機をしている。
「水」
「はい」
グラスに水を注ぎ、リビングで携帯を見ている彼の前に置く。
「じゃあ、私もシャワー浴びてくるね」
私の入浴は、いつも孝介が終わった後だった。
返事がないということは、特に私に求めているものはないということ。
私もシャワーを浴びる。
彼が定位置に置かなかった、シャンプーやボディソープ、洗顔料などを元に戻す。彼は自分が使っておきながらいつもの位置に物がないと機嫌が悪くなる。本当にお坊ちゃん育ちだ。義父もそうらしいし……。
シャワーを浴び終えると、孝介はリビングに居なかった。
寝室をチラッと見ると、彼は寝ていた。
明日は休みなのかな。聞くの忘れちゃった。
私も身支度を整え、彼が寝ているキングサイズのベッドへと横になる。
今日はさすがに加賀宮さんから連絡がなかったな。
一応、配慮してくれてるってこと?よくわからない。
考えることをやめ、そのまま目を閉じた。
次の日――。
孝介が出勤でも休みでもどちらでも対応できるよう朝食の準備をしたが、仕事なら起きて来る時間に彼はまだ寝ていた。
起きないってことは、今日は休みか……。憂鬱な気分だ。
とりあえず、そのまま寝かしておこう。
物音を立てないよう過ごしていた。
十一時を過ぎた時<ピンポーン>というインターホンが鳴った。
誰だろう、インターホンのカメラを確認する。
あ、家政婦さん《美和さん》だ。
「こんにちは」
<こんにちは。よろしくお願いいたします>
解錠ボタンを慌てて押した。
しばらくすると、玄関のインターホンが鳴り
「お邪魔します」
彼女がドアを開け、慣れた様子で家の中に入ってきた。
「はい。お願いします」
すると――。
「ごめんね。急に予定が変わったりして。今日はよろしくお願いします」
孝介が起きたらしく、私の隣をスッと通りすぎ、家政婦さん《美和さん》に話しかけた。
「いえ。大丈夫です。出張お疲れ様でした」
「えっと……。今日、美和さんにお願いしたいことは……」
私と居る時と態度が違う。
爽やかで、優しい雰囲気の孝介。あんな顔、見たことない。
あっ、付き合った当初はあんな感じだったっけ。
二人は私の存在など気にせず、楽しそうに会話をしていた。
ここは私の家なのに。一人だけ蚊帳の外みたい。
美和さんは仕事は早いし、作ってくれるお料理も美味しい。それに美人。
孝介が気に入るだけある。
「わかりました。ありがとうございます。今日はゆっくり休んでくださいね?他に何かありましたら、おっしゃってください」
美和さんは孝介にそう伝え、キッチンへ向かおうとした。
「ありがとう。ゆっくりさせてもらうよ。出張中は毎日外食だったから、美和さんの料理を久し振りに食べることができて嬉しい。妻は相変わらず料理が下手で……。未だに料理教室に通ってるんだ」
孝介の言葉にイラっとした。
何それ。
あなたが私に料理を作らせてくれないだけじゃない。
言い返しても後で倍になって返ってくるだけだ。
私は手のひらをギュッと握り締める。
我慢、我慢……。いつものこと。
自分に言い聞かせた。
「孝介さん、大袈裟ですよ。でも……。すごく嬉しい。今日は特別に張り切ってお料理作りますね」
そんな美和さんを、孝介は微笑みながら見つめていた。
美和さんのこと――。
あれは家政婦さんとして見ている目ではない。
昔から感じていたことだけど、今日で確信した。
《《女性》》として見ている眼だ。
私の中でたぶんそうじゃないかと思っていたことが確信に変わった。
だけど、不思議と辛くも悲しくもない。
それは私が、孝介に女性として見てもらいたいとか……。
もう何も求めていないから?
「美月さん!」
私がリビングのソファに座っていると、美和さんに話しかけられた。
孝介は今シャワーを浴びている。
「はい」
私は立ち上がり返事をした。
「ごめんなさい。さっき……。あんな出しゃばった感じになってしまって」
美和さんはペコっと頭を下げた。
さっきって……。
孝介が私の料理を下手って言った時かな。
「美和さんは何も悪くないです!全く気にしていませんし、そんなに頭を下げないでください」
あれは孝介が言ったことだし。
美和さんの返事だって別に不快には感じなかった。
「そうですか……。良かった。私、美月さんに嫌われたらどうしようって思って」
彼女は頭を上げた。
「嫌いになんかならないですよ。美和さんにはいつも助けてもらっていますし……」
家からあまり出ることがない私にとって、美和さんは唯一の話し相手だった。
孝介と結婚してから、同性の友達とは連絡も取らなくなって疎遠になっちゃったし。
彼女と《《普通》》のことを話す時間が、私にとっても気分転換になっていた。
「良かった。美月さんとは《《ずっと》》仲良くしていきたいと思っています。だから……。もし何か気に障ることがあったら何でも話してくださいね。雇い主さんとただの家政婦との関係かもしれないけど……」
美和さんの気持ちが嬉しかった。
私は何の疑いもなく
「はい。ありがとうございます」
そう返事をした。
しかしその刹那ーー。
「美月さんって本当に羨ましいです。あんな優しくて頼りになる旦那さんがいて。私はまだ結婚どころか彼氏もいないし……。孝介さんみたいな人が旦那さんだったら良いなって……。思っちゃいます」
本当の孝介がどんな人か知らないから、そんなことが言えるんだろうな。
でもここで孝介を否定するようなことを言ってはいけない気がする。
「そんな……。孝介も美和さんにそんなことを言われたらきっと喜びますよ」
無難な返答をするしかなかった。
さっき<《《ずっと仲良くしていきたい》》>って言ってくれたけど、羨ましいって伝えてくれた美和さんの目は笑っていなかった。
どこか鋭くてーー。
私は怖いとさえ感じてしまったんだ。