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朝になって、エメラは目を覚ました。
ふと横を見ると、そこには瞼を閉じた美しい婚約者の寝顔。
(はっ……! アディ様!?)
思わずエメラは勢いよく起き上がるが、ようやく思い出した。
そうだ、アディと一緒に寝るようになったのだと。何日経っても添い寝は慣れない。
次に自身の寝間着をくまなく手で触れてみる。特に乱れがない事を確認すると、小さく息を吐いた。
……今日もまだ、何もされていない。
(わたくし今、なんで、ほっとしたのでしょうか……)
アディを愛しているはずなのに、愛される事は無意識に恐れている。
それにアディの目的は『添い寝』そのものではない。魔獣界の掟の通りに、エメラを懐妊させて結婚するためだ。
しかし、若き王子の寝顔を見ていると子供のようで、婚約者としての添い寝ではなく子守りをしている感覚になる。
小動物のような可愛い寝顔の彼が、猛獣のように襲ってくる姿など想像ができない。
「アディ様、朝ですわよ。起きて下さいませ」
ようやく冷静になったエメラは優しい口調でアディの体をゆする。
すると、うーんと唸りながらアディが目を覚ました。魔獣の王子は寝起きが悪い。
「エメ姉……もう朝? うーん……あと5分……」
高校を卒業して求婚してきた若き魔獣王とは思えないセリフだが、ここで笑ってはならない。年上としても厳しく教育する必要がある。
「いけませんわ。王になられたのなら、しっかり起きてお仕事なさいませんと」
アディが寝ぼけている朝だけは下克上。仮にも王となったアディには、今までエメラが担ってきた仕事をこなす必要がある。もちろん、当分はエメラが側でサポートしていく。
真面目にそんな事を考えていたら。
「じゃあ、おはようのキスして」
「……はい?」
「してくれたら起きるよ」
駄々っ子の甘えん坊かと思えば、真剣な大人の眼差しで愛を求めてくる。そんなアディの二面性にいつもエメラは翻弄される。
エメラは胸元のペンダントの青い宝石に片手で触れる。就寝時だろうと肌身離さず身に着けているそれは、アディからの婚約の証。
……それが束縛の証だとは気付かずに。
強引に要求したエメラからのキスで、ようやく起きたアディは朝食後に執務室に入る。
以前はエメラが座っていたデスクだが、今はアディが座る。魔獣王として国を治めるのだから当然だ。
側近のエメラは横に立って控えている。
「それではアディ様。今日のお仕事ですが……」
「あ、今日はまず、新しい側近の面接をするよ。もうすぐ来るから」
「え……」
アディはいつの間にか勝手にスケジュールを組んでいた。それでもエメラは何も言い返せない。全ての主導権はアディにあるのだから。
しかし仕事のペースを乱される事は側近として許し難い。
「せめて事前に言ってほしかったですわ」
エメラは怒るというよりは少し拗ねた顔をする。その顔が普段の大人らしさとのギャップで可愛らしくて、アディの口元が緩む。
「まぁ、いいじゃん。これも重要な仕事だからさ」
「そうですけれど……」
エメラの現在の役職は『魔獣王の側近』だが、結婚して王妃になれば後任の側近が必要となる。
正確には今のアディは『自称』魔獣王なので、エメラが正式に王妃の肩書きを持つのは少し先になる。
それでもアディが新たな側近の選定を急ぐ理由は、早くエメラと結婚したいという願望の表れに違いない。
すると、執務室のドアがノックされた。アディは王らしく姿勢を正す。
「今日の面接希望者が来たよ。エメ姉もしっかり審査してね」
「承知致しました」
アディの横に立つエメラは背筋を伸ばして待ち構える。
事前の書類審査にエメラは関わっていないので、志願者とは面接で初めて会う事になる。
「入っていいよ」
アディの返事を受けて、執務室のドアが静かに開く。そして礼儀正しい所作で部屋に入ってきたのは、アディくらいの若い青年だ。
エメラは口こそ閉じているが、目を見開いて固まった。見覚えのある青年だからだ。
その青年がアディのデスクの前で立ち止まり、一礼をする。
「アディ様、初めまして。僕はクルスと申します。よろしくお願いします」
エメラは彼を忘れもしない。先日、森で密猟者から助けた青年だ。
深緑の髪に金色の瞳、その爽やかな笑顔すらもアディに似ている。
(どういう事ですの? クルスさんが側近の志願者……!?)
エメラは動揺して金の瞳を泳がせるが、クルスはエメラとは目を合わせない。真っ直ぐに正面のアディを見ている。
当然、アディはクルスと初対面。クルスこそが無謀にもエメラに求婚した男だという事を知らない。
アディはデスクの上に用意されたクルスの履歴書を見ながら面接を進める。
「へぇ、クルスくんは僕たちと同じ『バードッグ』なんだね。じゃあ、側近を志願した理由を聞かせてよ」
アディの隣で平然を装っているエメラだが、内心は気が気じゃない。魔獣の本能で胸騒ぎを感じているのだ。クルスの思惑もだが、アディが彼を恋敵だと知った時が恐ろしい。
「はい。アディ様は僕の憧れの存在であり、心から尊敬しているからです」
「え、そんなに僕を? もっと詳しく教えてよ」
アディは調子に乗って、さらに褒め言葉を引き出そうとしている。
「強くて聡明で容姿端麗なアディ様に少しでも近付きたくて……僕、実は髪型とかも真似したんです」
同種族だから容姿が似ているのは当然だが、髪型や口調などもアディに似せていたのだ。
それにしたって、どうもわざとらしいとエメラは疑ってしまう。クルスの狙いはアディではなく、エメラのはずだからだ。
すっかり気分が良くなったアディは、隣に立つエメラに目配せをする。
「エメ姉。どうかな、クルスくんは」
その口調は、『側近に採用してもいいよね』という同意を求めるニュアンスに聞こえる。
しかしエメラはクルスに対する不信感が拭えない。そこで、少し大胆な方法でクルスを試してみる事にした。
エメラはデスクに座るアディよりも一歩前に出る。魔獣王にも負けない威厳の立ち姿だ。
「クルスさん、初めまして。わたくしはアディ様の婚約者、エメラと申しますわ」
エメラは『婚約者』を特に強調して名乗った。さらに、わざと初対面であるかのような口ぶりで。何かを言われても覚えていないと言えばいいだけ。
もしあの日、クルスがエメラの胸元のペンダントを見ていたのなら、エメラは婚約していると気付いているはずだ。
クルスは全く動じている様子はない。微笑を絶やさずに変わらぬ口調で答える。
「はい。エメラ様の事も前々から全て存じ上げてます」
だが、それはエメラにとっては予想外な答えであり、彼の真意が謎めいてきた。
(知ってますの!? なら、なんで……)
クルスは、エメラが婚約していると知っていて求婚してきた。それを断られたにも関わらず、今またこうして近付いてくる。
エメラの婚約者はアディなのだ。敵う相手ではないのは分かっているはず。
こうなったら、エメラも多少わざとらしく対抗するしかない。
「わたくしとアディ様は熱愛ですのよ! それはもう……最高にラブラブなのですわ!」
ここに来て、なぜかエメラは語彙力を失った。しかしクルスは冷静さを失わない。
「はい。そんなラブラブなお二人を支えたいと思い、側近を志願しました」
エメラに語彙力を合わせた上に、見事に面接の答えとして完結させた。クルスという青年は大胆不敵なだけあって、ただ者ではない。
そしてアディはと言えば当然ながら、エメラのラブラブ発言にデレデレになっている。
「ふふ……エメ姉ってば嬉しい事を言うよね。じゃあ、クルスくんに決まりでいいね」
「え!?」
エメラが思わず声を上げるが、クルスからもエメラからも良い気分にさせられたアディに迷いはない。あっさりとクルスを新しい側近に決めてしまった。
それに慌てて物申すのはエメラだ。
「ですが、アディ様! その、クルスさんは男性ですわよ?」
「え? だからいいんだよ。だって女性を側近にしたらエメ姉が嫉妬するでしょ?」
(それは逆ですわ!)
その通り、逆は考えなかったのだろうか。エメラを狙うような命知らずの男など現れる訳がないと思っているのだろうか。
しかし現にクルスは追ってきたのだ。求婚を断った相手に、こうして執念深く。
「クルスくんは僕と年齢も近いし同種族だし、仲良くなれると思うんだよね」
「は、はぁ……そうでしょうか……」
恋敵どうしが仲良くなるのだろうか。余裕なのか天然なのか、なんとも危機感のない王子である。
「じゃあ、クルスくん。君を採用する。明日から側近として一緒に働いてもらうよ」
「はい! ありがとうございます!」
クルスは嬉しそうな笑顔で深く礼をした。
現状はアディの側近はエメラ一人だが、そこに新たな側近としてクルスを加える事になった。つまり側近二人体制である。
しかし、これが複雑な三角関係の始まりでもあった。