てんらく
「越前。」
「もも、せんぱい。」
全員が違和感を胸に越前と会話をする。
だが、その違和感も三日も経てば薄れてくるものだ。
遠山の様な、いや、越前のその柔らかい笑顔に。
周りは確かに癒されていた。
整った見目に、華奢な体。その上少女の様な柔かな朗らかな笑顔。今までが嘘のように、やわらかくものを言う越前。
誰もが異常に気付きながらも、『今』の越前にも誰もが惹かれる。
まるで、今までが『小悪魔』で今が『天使』みたいだと。まるで、全国大会決勝の日に記憶消失になった時のようだと。誰かが言っていた。
多くの人がその言葉に頷いた。まるで、真逆。
そして、事はおこる。
可愛くなった。優しくなった。笑うようになった。
この前は、照れてたよ。俺は甘えられた。松葉杖を突きながら後をついてくるんだ、どうしたのか聞いたら「怪我大丈夫ですか?」って、で足見たら確かに怪我しててこっちが驚いたよ。気を使ってくれるよな。
前はさ、ドSていうか鬼畜発言しか返ってこなかったのに。そうそう、そういえばさー…―――――――
会話は続いていく。その声は越前が現れなくなった食堂内に騒々しくも広がっていく。
しかし、誰も知らない。
その会話をしていたとき、越前が近くにいたことを。
その会話をしていたとき、前の越前-生意気といわれる-に意識だけは戻っていたことを。
誰も気づかない。
その会話が、『今』の越前の在り方を褒める内容で『今まで』の越前の在り方を否定する内容が含まれていたことに。
小さな影が1つ。
薄い扉のドアノブに手を伸ばしたまま、固まっていることに。
形のよい唇を血が滲むほど噛み締めていたことに。
言葉の羅列を、聴いていたことを。
その瞳の色がゆっくり、ゆっくりと消えていったことに。
誰も気づかない。
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