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気が付けば外が明るくなっていた。

8年ぶりに一人で迎える朝。

一人でいることがこんなに寂しいものだなんて思わなかった。


ピコン。


ああ、まただ。

仲のいいママ友から入ってくるメッセージ。

昨日大地が学校に行っていないのは保護者にも知れ渡っていて、着信が止まらない。


「あーあぁ」

広めのダブルベットの上で、天井を見上げてため息をついた。


大地が一歳になり平石のお屋敷からここに引っ越してくるときに買ったダブルベット。

ほんの数年前までここで大地と一緒に眠っていた。

大地は私の宝物で、あの子のためなら何でもできる、あの子さえいてくれれば何もいらないそう思って育ててきた。

いつも私の目の届くところにいて、大地のことなら何でもわかると思っていた。


「何でこんなことになったんだろう」


一人親で、食べるためには働かなくてはいけない。だから大地と向き合う時間がなかった。そんな言い訳をするつもりはない。

たとえどれだけ裕福なお家にいても人はみな働いているべきだと思うし、家庭だけを生活のすべてにするべきではない。慈善事業やボランティア活動に時間を割く平石のおばさまを見てそう思っていた。

でも・・・


「私の子育て、間違っていたのかな」

悲しいことだけれど、今はそんな気がする。


***


「おはようございます」


高野君が大地を連れてやってきたのは朝の七時過ぎ。

私は大地の好きなフレンチトーストを用意して待っていた。


「うわ、美味そう」

妙に明るく嬉しそうな高野君。


「どうぞ、ソーセージもパンもお変わりがあるからたくさん食べてね」


大地の好きなグレープフルーツの入ったサラダをよそいながら、チラッと大地を見る。

考えてみれば最近、特に朝は大地との会話がなかった。

何を話しかけても「うん」「いらない」そんな単語しか返ってこなくなっていた。

まあ朝だしきっと眠いのよねくらいにしか思っていなかったけれど、それが前兆だったのね。


「さあ、どうぞ」


テーブルに並んだフレンチトーストと、ソーセージとスクランブルエッグ。

サラダはレタスとトマトとグレープフルーツ。

私と高野君にはコーヒーを入れて大地にはオレンジジュース。

いつもと変わらない朝なのに、


「・・・」

大地はうつむいたまま何も言わない。


「じゃあ、食べましょうか」

あまり追い込むのもよくないかと、大地の態度には触れずに高野君を見た。


しかし、


「大地、何か言うことあるだろ」

高野君の方が振ってくれた。


それでも大地は下を向いたまま。

これって、叱られて反省しているときの大地。

わかっているから、


「ねえ、もう」

いいよと言いかけたのに、

「ダメです」

強い言葉で止められた。


「大地。昨日、約束したよな?」

声を落としてまっすぐに大地を見る高野君が、少し怖い。


***


「お母さん・・僕・・・」


高野君と並んで私と向き合って座った大地。

テーブルの上にはおいしそうな朝食が並んでいるのに、誰も手を付けない。

いつもならすぐに食べ始める大地も膝の上でギュッと拳を握ったまま何か言いたそうにするけれど、なかなか言葉が続かない。



「昨日、参観日だったんでしょ?」

沈黙に耐えかねて私の方が口を開いた。


「うん」


「お母さんが忙しくしているから、言い出せなかった?」

「まあ、そう」


やっぱり。

寂しい思いをさせていたのね。


「サッカークラブに入りたかったの?」

「・・・」


昨日ママ友からのメールで、色々聞いた。


大地はクラスの中でも足が速くて運動神経もよくてスポーツも得意。

その中でもサッカーが大好きで、地元クラブのユースチームに入りたいと思っていたらしい。

大地の通う学校は高校までの一貫私立校だからその気になればスポーツに専念することもできなくはない。

決められた以上の成績を保ってさえいれば受験もなく高校まで行けるんだから。

でも、問題はサッカークラブの方。

有名なチームだけに入りたい子は多いし、練習も試合もハードスケジュール。

チームに入ってからも親の送迎や合宿など、お金ばかりじゃなくて親の手がかなりかかる。

もちろんお金持ちの家ばかりではないけれど、みんな子供のために一日の半分以上の時間を使っている。

多分、いや、おそらく、今の私には無理だ。


「言えばよかったのに」

「どうせ・・・無理でしょ」

ぼそりとつぶやかれた言葉が重かった。


***


他にも色々と聞いた。

クラスの中には意地悪な子もいて、いじめとまではいかなくても弱い子を見つけると仲間はずれにするような子もいる。

大地はわりとマイペースな子だからいじめることもいじめられることもないけれど、仲間外れになっているお友達を見ていられなくてかばうこともあるらしい。

そうなれば当然いじめっ子とはもめるわけで、小さないざこざがクラスの中で増えているんだと教えてもらった。


「お友達とけんかしたこと、先生に言った?」

「・・・」


「困っているならまず先生に言わないと」

「チクったりしないし」


はあ、なるほど。

先生に言うのは嫌なわけね。

でも、


「それはチクるのとは違うでしょ?」


クラスにはすでに不登校気味の子もいるって聞くから、先生だって気付いているはず。


「大地が言わないなら、お母さんが言うわよ」

「やめて」


「じゃあ、先生ときちんと話をして」

「うん」


「サッカークラブのことは・・・」

「そのことはいいよ。ただ体験に行ってみたかっただけだから」

「本当に?」

「うん」


本当はサッカーがしたいのかもしれない。でも、今はいくら言っても無駄だろうから、しばらく様子を見よう。


「よし、じゃあご飯を食べましょう」

大地の思いも聞いてきちんと話もできて、もう十分だと私は思っていた。

しかし、

「待って」


やっと朝食を食べられると思ったのに、また高野君に止められた。


***


「大地の気持ちはわかったけれど、昨日嘘をついて学校を休んだことは事実だろう。そのことは謝るべきだ。お母さんすごく心配したんだからな」

大地の方を向き、静かに話す高野君。


確かにそうだけれど・・・

せっかく顔を上げた大地がまたうつ向いてしまった。


「ねえ、もういいよ。大地も反省して」

「ダメです」

あら、いつもの高野君とは思えないくらい厳しい顔。


「お母さん・・・ごめんなさい。もう嘘はつきません」

小さな小さな大地の声。


「うん」


こんなに素直に話す大地を見たのは久しぶり。

やっぱりかわいい。

これも高野君のおかげかな。


「じゃあ、食べましょうか?」

さっきまで怖い顔をしていた高野君が、優しい表情に戻っていた。


「「「いただきます」」」

三人の声が重なり、やっと朝食となった。



黙々と食べる大地の横で、高野君は何か言いたそう。

今回のことではずいぶん迷惑をかけたから、後でお礼を言わないとね。


***


昨日のことを先生と話すために半日有休をとった私は、大地を学校に送り出した後高野君の部屋を訪れた。

一週間の大阪出張で土日も出勤していたため今日は代休をとったって言っていたから、部屋へ押しかけてしまった。


「色々と、ありがとう」

「どういたしまして」


いきなりやってきた私に嫌な顔もせず、ニコニコと笑っている高野君。

よかった。いつもと変わらない。


「あの子、何か言っていた?」

男同士大地の本音を聞きだしてくれたんじゃないかと、気になっていた。


「多感な時期だけに思うところはあるでしょうし、昨晩は大地の思いをたくさん聞きました。でも、告げ口はしません。ちゃんと大地から聞いてください」

「わかった、そうするわ」


やはり親子だもの、きちんと向き合って話すべきよね。


「困ったことがあれば言ってください。相談に乗ります」

「ありがとう。でも」

これ以上高野君に甘えては申し訳ない。


「俺がそうしたいんです。遠慮せず、何かあればすぐに言ってください」


「何で」

そんなに親切なの?

聞かないでおこうと思っていたのに、つい口を出てしまった。


元同僚で、たまたまご近所で、自分の子供の頃に似ているから。

それだけの理由とは思えなくて、気になった。


「それは、大地が礼さんの子供だからですよ」


聞いた瞬間、私は今すぐにここから逃げ出したい衝動にかられた。

これ以上何も聞きたくない。

この先を聞いてしまったら、高野君というかわいい後輩を失ってしまう。


***


「聞こえなかったことにしないでくださいね」


うっ。

高野君ってこんなに意地悪な人だったっけ。


「結構わかりやすくアピールしていたつもりですが?」

「ぅ、うん」


確かに、そんな予兆はあった。

初めはかわいい後輩としか思っていなかったけれど、萌夏ちゃんの事件があり平石の関係者なんだと気づいて騙されたような気になった。

無意識に距離を置くようになった私に高野君はやたらと距離を詰めてきて、そのうち「もしかして好かれているのかも」と気が付いた。

特に異動が決まってからは、かなりあからさまに態度に出ていた。

それでも、見ないふり、聞かないふりをしていた。

だって、大地ができた時にもう恋はしないって決めたから。


「そんな顔しないでください。振られたみたいで傷つきます」

「・・・ごめん」


はあぁー。

高野君の大きなため息。


「もう同僚でも後輩でもありませんから、これからは全力で向かって行きます。覚悟しておいてください」

「そ、そんなぁ・・・」


これはもしかして宣戦布告?

私は、高野君のスイッチを入れてしまったのかもしれない。

四つも年下の財閥の訳あり御曹司。

長身で、見た目もよくて、仕事もできて、欠点がなさそうに見える王子様がなんで私なんかに興味を持つのかさっぱりわからない。

ただ確かなのは、この恋はうまくいかない。


ブーブーブー。

高野君の携帯が着信。


「ちょっとごめん」

相手を確認して電話に出る高野君。


どうしたんだろう、仕事のトラブルかなあ。


「ええぇー」

珍しく驚いた声を上げた高野君が、私を見ている。


え、え?何?

好きになってもいいですか? ~訳あり王子様は彼女の心を射止めたい~

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