「え……?」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
さっきまで聞こえていた笑い声や楽しそうな話し声が、ピタリと途絶えた。周りの空気が凍りついたかのように、誰もが息を飲んで、動けなくなっている。
目の前で何が起きたのか、まるで理解できなかった。
見知らぬ誰かの、血に濡れた腕が、父さんの胸から突き出している。
「え?なんで……?」
考えが追いつかない。喉の奥がひどく乾き、声が出ない。
そいつは無表情のまま、父さんの胸に突き刺した腕をゆっくりと引き抜いた。
「がはっ」
父さんが苦しげに声を上げた。
赤い血が俺の顔に飛び散る。温かく、粘り気のあるそれが、頬を伝い落ちる感触が恐ろしかった。
全身が震えた。
頭が真っ白になり、心臓が激しく鼓動する。恐怖と混乱が入り交じり、全身が凍りついたかのように動けなくなった。
そいつは血塗れになった腕を横に振り、静かに魔法を唱えた。
「風切断」
その言葉と共に、目の前の景色がゆがんだ。
次の瞬間、世界が二つに割れた。
比喩なんかじゃない。
本当に、すべてが真っ二つになったんだ。
物が
家が
……人が
全てが、上か下か、上半身か下半身か、
その二つに分かれた。
無数の肉塊が、地面に落ちていく。
ドチャ
鈍い音が辺りに響いた。その音は今でもよく思い出す。
「え……?」
俺はその場で立ち尽くした。
理解できない。理解したくない。
目の前で起きている事が、現実だとは思いたくなかったんだ。
そいつは冷たく俺を見下ろし、ふん、と鼻息をついたかと思うと、まるで役割を果たしたかのように背を向けて歩き去った。
そいつが何処へ歩いて行ったのかなんて分からない。
俺の目には、父さんの姿しか映っていなかった。
「と……父さん?」
胸に大きな穴を開け、地面に倒れ込んでいる父さん。俺は一歩、また一歩と、吸い寄せられるように父さんの元へ歩み寄った。
「……なあ……アルス」
かすれた声で父さんが俺を呼んだ。その手の先には、さっき持っていたプレゼントが落ちていた。包装が破け、そこから一本の剣が見えている。立派な真剣だった。
父さんはそれを見つめ、苦しそうに口を開いた。
目には涙が溜まっていた。
「……俺な……アルスと一緒に……冒険者やりたかったんだ……」
俺の視界がかすんだ。
父さんは、
苦しそうに、
悔しそうに、
泣きながら言葉を紡いだ。
「……もっと……一緒にいたかったなぁ……」
父さんの体から、力が抜けていくのが分かった。
俺はただ、その場に崩れ落ちた。
その日は、雨が降っていた。
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