テラーノベル
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翌朝、村の入り口付近で頭部を激しく破壊された清水の凄惨な遺体が発見され、狂乱の夏祭りは一瞬にして恐怖のどん底へと突き落とされた。村の中をパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、静かだった山あいの集落は異様な緊迫感に包まれる。
臨場した捜査一課による現場検証が進む中、その日の午後、最悪の事態が和田家を襲った。
地元の駐在を伴った本庁の刑事たちが、突如として和田の店へと踏み込んできたのだ。清水の遺体が遺棄されていた現場のすぐ近くから、父・和田が普段仕事で使っている「名前入りの工具」が発見されたためだった。
「和田さん、同行願います」
「お父さん! 違う、お父さんはやってない! 離して!」
両脇を刑事に固められ、父・和田は重要容疑者として連行されていった。パトカーが上げる砂埃と去りゆく後ろ姿に、長女・麗華は喉がちぎれるほどの悲鳴を上げた。
部屋に戻った麗華は、激しい自己嫌悪とパニックで狂いそうになっていた。
(なんで……? 清水は神社の木炭小屋で、私と彼が……。なんで村の入り口で、お父さんの工具が落ちてるの!?)
自分が清水の証拠を掴もうと、父の工具をこっそり持ち出したのが仇になったのだ。あの夜、清水に襲われ、彼氏が乱入してくるという極限のパニックのあまり、現場のどこかに工具を落としてきてしまったに違いない。それを誰かが移動させたのか、それとも自分の記憶が錯乱しているのか。
(私が清水を殺したのに……。私のせいで、お父さんが身代わりでお巡りさんに連れて行かれちゃった。私が名乗り出なきゃ……でも、そうしたら、私を助けてくれた彼まで捕まっちゃう……!)
自分を救ってくれた恋人を殺人犯にするわけにはいかない。しかしこのままでは父親が犯人にされてしまう。激しい葛藤に引き裂かれ、爪が食い込むほど拳を握りしめていた麗華の耳に、部屋の隅から小さく、異様な声が聞こえてきた。
「……どうしよう。お姉ちゃん、どうしよう……」
振り返ると、次女の麗奈がベッドの上で膝を抱え、見たこともないほど顔を真っ白にしてガタガタと震えていた。その瞳からは大粒の涙が溢れ、スマートフォンを握る手が激しく小刻みに震えている。清水からしつこく執拗な目を向けられ、家族の中で最も怯えているように見えた、無垢な中学生の妹。
「麗奈……? 麗奈、どうしたの」
麗華が恐る恐る近付くと、麗奈は狂ったように首を振り、縋り付くように悲痛な声を漏らした。
「私のせいだ……。私のせいで、お父さんが捕まっちゃった……。あの人が、私の代わりに……神社の小屋で、清水を殺しちゃったんだ……!」
「え……?」
麗華は息を呑み、耳を疑った。
麗奈の言う「あの人」とは、村に住む、少し知能の低い大柄な男のことだった。いつも麗奈のことを妙に気に入り、お菓子をくれたり、彼女の後ろを静かに歩いて守るようにくっついていた男だ。麗華はそれを、ただの気のいい、あるいは少し気味の悪い「妹の熱心な懐き相手」だと思っていた。
「あんた、何を言ってるの? 小屋で、何を見たの!?」
麗華が詰め寄ると、麗奈は溢れる涙を拭おうともせず、消え入りそうな声で告白した。
「昨日……清水にひどいことを言われて、もう耐えられなくて泣いてたら、あの人が『僕が麗奈を助ける、いじめる奴は僕がやっつける』って……。だから私、あの人に言っちゃったの。『清水さんなんか、いなくなっちゃえばいいのに』って……。本当に殺してなんて言ってない! なのに、夜中に怖くなって小屋に見に行ったら、あの人が血のついた薪を持って立ってて……清水が倒れてて……。私、怖くてすぐ逃げたの。お姉ちゃん、どうしよう、もし本当のことを言ったら、私が警察に『あの男をそそのかして清水を殺させた犯人』にされちゃう……!」
麗奈は、大柄な男を心配しているのではなかった。
自分が男の狂気を引き出し、清水の殺害を『命令』してしまったのではないかという、凄まじい罪悪感と、警察に逮捕されることへの恐怖に縛り付けられ、自分の保身のためにパニックを起こして泣き叫んでいたのだ。
その言葉を聞いた麗華の脳内は、さらなる混沌へと叩き落とされた。
(違う……清水を襲ったのは私と彼よ。でも、あの男が、その後あそこで清水にトドメを刺したの……? じゃあ、清水の本当の死因はそれ? でも、だったらどうしてお父さんの工具が村の入り口に……?)
姉妹は、お互いが「清水殺害の真犯人」を生み出した関係者であるという最悪の秘密を抱えながら、致命的にすれ違ったまま、恐怖のどん底で睨み合った。麗華は恋人を守るために。麗奈は自分が警察に捕まるのを恐れるあまり、自分の保身のために。お互いに「本当のことは言えない」という冷酷な沈黙が、和田家のリビングを支配した。
一方、警察の取調室では、父・和田が厳しい追及に対して頑なに口を閉ざしていた。
警察は現場に落ちていた名前入りの工具を突きつけ、「お前が清水さんを撲殺したんだろ」と迫るが、和田はただじっと床を見つめ、唇を噛み締めることしかできない。
父親には、黙秘せざるを得ない決定的な理由があった。
あの祭りの夜、清水に一発食らわせてやると息巻いて木炭小屋へ向かった和田は、すでに空になっていた小屋を見て、清水を探しに村の入り口へと向かったのだ。そこで彼が目撃したのは、頭から血を流して錯乱した清水が、見知らぬ不審な男(配信者)と激しく掴み合い、殺し合わんばかりの勢いで大乱闘を演じている最悪の光景だった。
驚いた和田は、二人を引き離そうと割って入り、激しく揉み合った。そのドサクサの最中、清水の巨体に突き飛ばされて仕事用の工具袋をぶちまけてしまい、パニックになりながらいくつかの工具を現場に残したまま、命からがらその場を逃げ出したのだ。
(あの後、清水は死んだ……。あの場所に俺の工具が落ちていたのなら、警察は俺が清水を殺したとしか思わない。下手にあの場にいたと言えば、そのまま殺人犯にされてしまう……!)
父親は、自分のすぐ目の前で起きていた「真犯人と清水の激突」に自分が深く巻き込まれてしまった恐怖と、下手に喋れば刑務所に送られるという絶望から、ただガタガタと震え、黙秘を貫くことしかできなかった。
家族の絆は、誰の目にも見えない無数の嘘と、それぞれの視点による自己保身の誤認の泥沼によって、完全に内側から崩壊しようとしていた。
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