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「優勝者は花崎さんです。おめでとうございます!」
テーブルの上でアリス一人の拍手が鳴り響く。
「それでは残りのカード枚数により、順位を決定したいと思います。2位 尾山さん。3位 僕。4位 仙田さん。5位 土井さん。そして……」
「……んんッんんッ」
その時低い笑い声が響き渡った。
「んんんんッ!んんんッ!んんんんんッ!!」
唇を縫い付けられたまま高笑いを始めた尚子を皆が見つめる。
笑いながら、こちらを見つめる半月型の目の中で、茶色い瞳を揺れている。
そうだ。この目―――。
似ている。あいつに―――。
あの女に――――。
************
理奈は高校時代の後輩だった。
チアリーダー部の1個下。
パート練習の時も、構成考える時もいつでも自分の後ろをついてきた。
「私、美穂先輩みたいな人、憧れなんですよねー」
言いながら見上げる理奈は、美穂が持っていないものを何でも持っていた。
癖のない細く長い髪の毛。
大きな目、長い睫毛に白い肌。
女の子らしい小さな体に、くびれたウエスト、形のいい乳房。
女子高だったからよかった。
女子高だったから仲良くできた。
でも大学まで一緒になった時には、正直うんざりした。
美穂の周りの同級生やサークル仲間の男子たちは、理奈を見た瞬間、たちまち虜になっていった。
「理奈ちゃんって子、お前の後輩なんだって?紹介してよ」
「理奈ちゃんって彼氏いるのかな?筒井、ちょっと聞いてきてくんねえ?」
確かに面白くはなかったがそれ以上に、大学でアイドル並みの人気になっていく理奈から慕われるのは、正直気分が良く、その快感が、美穂の感情をより複雑にしていた。
それに浩一が、
「俺、ああいうタイプ実は苦手だな。キャピキャピ系って言うの?かわいいとは思うんだけど、疲れちゃって」
と自分と同じ価値観を持ってくれていたことも、救いだった。
だが―――。
理奈が自分と浩一の間に入ってくるようになると、話は別だ。
4年生になり卒業が近づくと、理奈はことごとく邪魔するかのように自分と浩一の間に割って入ってくるようになった。
映画に行くと言えばチケット売り場の前で待っているし、飲みに行くと言えば、店ですでにスタンバイしている。
ハッキリ言って異常だった。
ある時を境に急に態度を変えた彼女に、美穂だけではなく浩一も戸惑っていた。
「まあ、美穂の大事な後輩だしな」
笑う浩一に申し訳なく、美穂は何度も理奈を呼び出した。
「どういうつもり?」
「どういうって?」
「どうして私たちの間に入ってくるの?」
「ええー?私美穂先輩と一緒にいたいだけですけど?」
どこからどう見ても完璧に可愛い理奈は顎に指を添えながら、上目遣いにこちらを見つめた。
「もしかして、あんた、浩一のこと狙ってんじゃないの……?」
自分で口にした言葉に、雷で撃たれたような衝撃が走った。
そうだ。
なぜ気が付かなかったのだろう。
理奈はモテる。それなのにその男たちには見向きもしないで自分たちと一緒にいる理由。
1つしかないじゃないか。
「まっさかー。違いますよぉー?」
理奈は唇をとんがらせたが、一度浮かんだ疑惑はもう拭えなかった。
浩一はいわゆるイケメンではないが、容姿もスタイルも悪くもない。
お洒落なこともあり、女子から相応に人気はあった。
芯がないのが玉に瑕だが、人当たりが良く誰とでもすぐ仲良くなれるという長所もあった。
容姿やスタイルばかりを見て、欲望混じりに寄ってくる男たちと、自分に対してなんの欲もない浩一は、理奈にとっては異質に見えたのかもしれない。
今は「苦手」と言ってくれている浩一でも、理奈の意外と擦れていないところや、実は努力家なところを見て、いつ絆されても不思議ではない。
浩一が県外の企業に内定が決まると、美穂も迷わず同じ市内の旅行代理店の採用試験を受けた。
一刻も早く逃げ出したかった。
理奈からも。
理奈に浩一を盗られるという脅威からも―――。
あの日。
6月19日。
高速道路脇の駐車場。
振り向いた先には理奈が立っていた。
そう言えば数週間前に電話がかかってきていた。
無視すると後からうるさいので、応答だけした。
その際に、夏休みの予定を聞かれ、「浩一との旅行で全部潰れる」と断ったのだった。
でも、だからと言って、日程も行き場所も教えていないのに、このタイミングで鉢合わせるのはおかしかった。
「―――なんであんたここにいるの!?」
叫ぶように言うと、理奈は大きな目を見開いた。
「偶然ですよ、私たちも旅行でぇ」
「異常よ!?昔のよしみで今まで我慢してたけど、ここまで来ると迷惑通り越して、失礼よ!!」
「おい、美穂……」
浩一も戸惑ったような声を出しながら、二人を見比べている。
「警察を呼ぶわ!もう我慢できない。こんなの立派なストーカーよ!」
「あ、先輩待って!違うんです!」
「何が違うのよ!離して!!」
理奈を突き飛ばしたのは自分だと思っていた。
しかし慣れないミュールで体勢を崩したのは、自分だった。
踵が折れて、美穂は尻もちをついた。
必死でスカートを引っ張りパンツが見えないように隠した矢先だった。
赤色のオープンカーが、転がっていた美穂を、18インチのタイヤで轢いた。
************
「いやよ……」
美穂は呟くように言った。
「生き返るなんて、絶対にいや……」
言った瞬間、美穂のスカートは破れ、つぶれた頭蓋骨のせいで耳から流れ落ちた血が、ジャケットに滴り落ちてきた。
「うわ……!!」
仙田が椅子から滑り落ちる。
尾山も慌てて席を立ち、花崎は口を開けたまま美穂を見上げている。
眼から血と共に涙が流れ落ちる。
赤い涙で尚子が滲む。
こちらを見上げながら、先ほどまで笑っていた顔を歪めている。
「浩一がいない世界でなんて、生きていけない……」
美穂は片方が潰れた真っ赤な目でアリスを睨んだ。
「生き返ったとしても、死ぬわ。もう1回」
言うとアリスはゆっくりと立ち上がった。
「それはどうぞご勝手に。しかしーーー。
ダウトゲームは、“あなたの負けです“」
彼が言った瞬間、目の前のテーブルも椅子も消えた。
アリスが言うと、彼の背後にあった、廊下との出入口がバンと開いた。
「――――!」
仙田がひっくり返ったまま唇を震わせる。
「何だこの風は……!」
花崎は両腕でドアから流れ込んでくる突風から顔を守っている。
アリスのものとは思えない低い声が響くと、廊下だったはずのそこは、真っ黒い靄に覆われた。
「んんんん!!!」
尚子が悲鳴を上げ、隣に立っていた尾山にしがみ付く。
アリスが人差し指を唇に当てる。
その指の付け根で銀色の指輪が光ると、靄が一気に美穂めがけて飛び込んできて、身体を包んだ。
「いや……」
頭が。
脚が。手が。腰が。肩が。
引き裂かれる―――!!!
『―――筒井美穂さん』
暗闇の中からアリスの声がする。
「いやああああ゛!!!」
――――。
悲鳴だけを残して、
筒井美穂は619号室から姿を消した。