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ユキは絶対零度を宿した刀身を、鞘に納め構える。
居合いの構えから、かの『神露・蒼天星霜』かと思われたが、何処か違う。
“……消えた?”
アザミは気付いた。先程まで肌で感じていた筈の冷気も、闘気も、彼の気配さえもが一切消えた事に。
彼の姿は其処に確かに在る。だが感じ取れない。在る筈なのに無いような、そんな奇妙な感覚に陥っていく。
激しい闘気で大気は震え、地殻変動でも起こしそうなアザミとは余りにも対照的だ。
“星霜剣最終極死霜閃――無氷零月”
※それは極論云うと、絶対零度を刃に宿した居合い抜き。
だがその極意は、全てを消す事に有る。冷気も闘気も殺気も気配も、五感で感じられる全てをだ。
完全な虚無の中に確かに在る、絶対なる死の存在。
――虚空の零月から一瞬で満月に移り変わる時、死神の刃が命の燈を消す。
この技を前に生き残った者はもとより、反応出来た者さえ――皆無。
*
「そういえば、お前の名は? 最期に聞いといてやる」
決着の間際、ふと思い出したかの様に、アザミはユキにそう尋ねる。
「ユキヤ。そしてもう一つが……ユキ」
ユキもそれに応える。
「ユキヤ? そうか、お前の力を見て、もしやと思ってはいたがな。お前は四死刀ユキヤの忘れ形見、いや継ぐ者か。ならば俺達は、最初から闘う宿命にあったという事だな……」
「そうですね……」
対峙する二人の間には、アザミの極限に迄高められた闘気によって大地は揺れ、大気は震えて破裂しそうな程だった。そしてそれを虚無で受け流すというユキの構え。
「ユキ……か。こっちの方がお前らしいな。その名、大事にしろよ」
「ええ、私もそう思います」
対峙する二人を離れた位置で見守るアミ。彼女の目には、二人の間に最早憎しみは無くーー否、それらを超越した想い。ただ純粋にお互い全力を出し尽くす。
敵味方を越えた尊敬の念が、確かに感じられた。その上で自分が勝つーーと。そう見えてならなかった。
「これ以上の言葉は不要だな。あとはーー」
「刀と力で語りますーー」
二人の間に静寂が支配する。それは悠久とも思える静寂。
だがそれは、ほんの刹那の刻だったのかもしれない。
二人は何かに導かれたが如く、同時に地を蹴る。
静寂を切り裂く、お互いの一撃。
二人が交差したのは一瞬の事。
その中心部からは一拍子遅れて、強大な力がぶつかり合う時に生じる衝撃波が、破裂したかの様に辺りに浸透した。
その衝撃にアミは思わず身体が飛ばされそうになるが、何とか踏み止まり、目を凝らして二人を凝視する。
“どっちが……?”
お互い微動だにせず。
右拳を突き出したままのアザミ。
刀を抜ききったままのユキ。
お互い背を向けたまま。
“お願い……ユキ!”
「がっ……は!!」
その場の沈黙を破ったのはユキの声だった。右肩から、抉られたかの様に鮮血が噴き上がる。
「ユキぃぃぃ!!」
アミの悲鳴とも捉えられる叫び声の中、ユキは刀を支えにしながらも、地面に膝を附く。
ユキの右肩からは、血液がとめどなく溢れ続けた。
「凄まじい一撃だった……。だがーー」
振り向いたアザミの上半身は、半月に切り裂かれた跡は有れど、その復元能力で水銀が元に戻るが如く、傷痕が閉じていく。
「俺の復元能力の前には、僅かに及ばなかった様だな」
アザミはゆっくりと、膝を附いたまま動けないユキの下に歩み寄る。
「お前はよくやった。これ以上苦しませはせん。さらばだ……」
アザミは右手を手刀の形にし、振り上げる。
「やめてぇぇぇ!!」
アミの叫び声等、届く筈もなく。
アザミは背後から、ユキの首筋に狙いを定め、その手刀を振り下ろすのだった。
アザミが手刀を振り下ろした直後の事。
“ーーっ!?”
ある違和感に気付く。
「何……故?」
落ちる筈だったユキの首。
「何故俺の腕が砕ける?」
落ちたのは、右手首の付根から砕ける様に崩れ落ちた、アザミの右腕だった。
“一体何がどうなって……”
アザミは自分の上半身にも違和感を感じ、そっと其処を凝視する。
「傷口から凍って復元しないだと? そんな馬鹿な!?」
アザミは傷口が閉じきらず、其処から氷が浸蝕していく様に、思わず声を荒げた。
“そんな事は有り得ない!!”
復元は細胞再生とは似て非なるもの。
“元在るものに戻す筈が……何故?”
「この技ーー“無氷零月”の前では如何なる再生、復元能力さえも……全て無意味です」
崩れ落ちる身体に理解出来ず、狼狽えるアザミに、ユキは振り返る事なく呟く。
「絶対零度は全ての原子運動が停止し、分子結合が崩壊し塵となるのみ……」
その技とーー絶対零度に於ける真髄を。
「そうか。お前が俺の“死”……か」
アザミは崩れ逝く己に、何処か微笑しながら呟く。
この崩壊は止められない。その事実を理解し、自らの敗北と死を受け入れたからだ。
「……俺の負けだ。お前と闘えた事を感謝しよう。だが、これで終わりでは無い」
それがアザミの最期の言葉。
“やはり闘いに絶対は無かったか。俺は求めていたのかもしれないな。何時かこの時が来る事を……”
“だがまだユーリやハル、ルヅキがいるーー”
死の間際に浮かんだのは妹の事。
ずっと二人で寄り添って生きてきた事。今迄も、そして此れからも変わらない筈だった事。
その全てが走馬灯の様にフラッシュバックされる。
“すまないルヅキ……。ずっとお前を護っていきたかったが。あとは……頼むーー”
その最期の思考と共に、アザミの身体は淡く滲んで消えて逝く。
降り続く粉雪と共にーー
「……先に逝っててください。続きは……地獄でお受け致しますーー」
そしてユキも、アザミが消えると同時に、ゆっくりと地に倒れるのだった。
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