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ーー今まで死への危機は何度もあった。
“身体中から血と共に力が抜けていく……。これ程迄の事は今まで無かった……。”
“これが本当の死ーー”
ユキは俯せのまま、指一本も動かせなかった。意識も混濁していく。
これ程の損傷を負っては助からないと、本能で理解していた。
“此処が私の死に場所。それもいいかもしれない。アミを護る事が出来たのですから……”
『…………キ』
“声が聴こえる……”
「ユキ!!」
“ーーアミ!?”
「しっかりして! 死なないで……ユキ」
愛した人が泣いていた。
愛してくれた人が泣いていた。
暖かい涙が零れ落ち、頬を伝う。
ーー泣かないでください。どうか悲しまないでください。
“短い間でしたが、私は人として生きる事が出来た気がするから……”
“私にとって、かけがえのない生きていた証ーー”
私は……貴女に逢えて、こんなにも幸せだったのですからーー
*
「死なないでユキ……」
“ユキがどんどん冷たくなっていく。このままじゃ……”
「絶対に死なせないから!」
事は一刻を争う。急ぎ里に戻り、手当てをする事が最優先。
泣いている場合ではない事を。そうしている間にも、徐々に体温が失われていくのだから。
今にも消えようとしている小さな命。
アミは急ぎユキを背負う。
『っ!?』
だが彼女は、その余りの軽さに震撼した。
体積が小さいとか、血を流し過ぎているとか、そう云った問題では無い。
そう、まるで初めから其処に存在しないかの様に。
特異点だから?
人では無いから?
泣いている場合ではないのに、アミはまた涙が出てきそうになるのを堪える。
“存在してはしてはならない存在ーー”
でも確かに此処に存在している事。
アミは里へ向かって走り出す。重みを感じないユキを背負いながら。
“ユキのその小さな温もりは、確かに私に伝わってくるのだからーー”
***
――狂座本部―――
エルドアーク宮殿内戦略広間ーー
「ふざけやがってクズ共が!!」
ユーリが癇癪を起こした子供の様に、手当たり次第に苛ただしく広間内の椅子を蹴飛ばしていた。
無邪気なユーリがこれ程までに荒れているのは、先程アザミの生体反応消失の報が届いたからだ。
「第八、二十四、三十七軍団長含む五十一名の消失はまだしも、まさかアザミまでが……。決して甘く見ていた訳ではありませんが、まさかこんな結果になろうとは……」
ハルが眼鏡を整えながら戦況結果を呟くが、その表情に何時もの冷静さは無かった。
「こうなったらボク達でアザミの敵討ちだ! そうだよね二人共!?」
ユーリは声こそ荒げてはいるが、その瞳は滲んでいた。
ユーリはアザミを慕っていたから。そのアザミの“死”。
「そ、それは……」
ハルはユーリの声に言葉が詰まった。ユーリの気持ちは痛い程分かる。とはいえ、直属でも歴代最強と謳われたアザミを倒せる程の者。
特異点の危険性は、過去に痛感している。現在の狂座の戦力を考えれば、下手をすれば全滅も有り得ない話では無い。
感情で動くのは危険で有ると、ハルは思考を凝らす。
「二人とも何黙ってんだよ!?」
ユーリは声を荒げる。
「もういいよ! ボク一人で行ってくる!!」
それは明らかに、冷静な思考に欠けていた。
『待ちなさい!』
それを止めようと、ハルが口の乗せようとしたその時ーー
「待てユーリ。勝手に動く事は許さん!」
ハルより一足早く、それを止めたのはルヅキだった。
「はぁ!? 何を寝ぼけてんだよルヅキ!」
ルヅキの一言に、信じられないと云った表情のユーリの頭に血がのぼる。
「少し頭を冷やせユーリ! 相手はアザミでも倒せなかった程の者。今の冷静さを欠いたお前が行った処で、返り討ちに合うのが関の山だ」
広間内に張り詰めた空気が流れる。正に一発触発。
こんな所で争っている場合では無いと、ハルは頭を悩ませるしかない。
「何を悠長な事言ってんだよ!!」
声を荒げるユーリの気持ちも分かる。だが闘いとは冷静さを欠いた者から先に死ぬ。
ルヅキの意見は実に正しい。
「勿論このままでは終わらせない。だが時を待て。勝手な事は許さん」
ハルもルヅキの考えに賛成だ。感情で先走るのは、余りに危険過ぎかつ短絡的だ。
それでもユーリは収まらない。
「なんだよそれ? ルヅキは悲しくないのかよ!? アザミが死んだんだよ!」
「やめなさいユーリ! 言い過ぎですよ」
ルヅキに掴み掛からんとするユーリを、ハルは後ろから肩を掴んで引き止める。
ルヅキは気にする様子も無く踵を返す。
「とりあえず今は動くな……。折ってまた作戦を立てる。以上だ」
そしてルヅキは広間から出て行くのだった。
ユーリを尻目にハルの瞳には、ルヅキの後ろ姿とその足どりは重いと、そう見えてならなかった。
「ルヅキがあんなに冷たいとは思わなかったよ……。こんなんじゃアザミは浮かばれないよ!」
二人だけとなった広間内に、ユーリの叫びが絶叫する。
「本当にそう思いますか?」
「だってそうじゃん!」
ハルのその一言にユーリは納得がいかない。
ルヅキは冷たい。
仲間思いじゃない。
「アザミの死を、誰よりも哀しんでいるのはルヅキなんですよ」
そんなユーリの思いを断ち切るように、ハルはルヅキの心の声を代弁するが如く口を開く。
「どういう事だよ?」
意味が分からない。本当に哀しいのなら、すぐに敵討ちに行くべきではないのか? と。
「ルヅキは妹として、兄の敵を討ちたい気持ちを必死に抑えて……直属筆頭として冷静に、自分が成すべき事を成さねばならない。その想いが分かりませんか?」
ハルのその言葉に、ユーリの瞳は驚愕に見開かれる。
「えっ……ルヅキとアザミが……兄妹? ルヅキとアザミが兄妹なんて、ボク知らなかったよ……」
ユーリはその事実に動揺を隠しきれない。
本当は誰よりもアザミの事を想ってたのに、その気持ちを踏みにじる様な、自分への嫌悪感。
冥王不在の現在、直属筆頭であるルヅキが実質的に狂座のトップを担っている。だからこそ自分が取り乱したら、全軍の士気が乱れかねない。
感情で動かず、冷静に事を運ばなければならない。
「貴女が知らないのも無理はありません。アナタは直属に任命されてから、まだ日が浅い。この事を知っているのは現在、私だけですから……」
ハルの言葉にユーリは二人の事を思う。
確かにルヅキとアザミは雰囲気が似ていた事を時々、まるで二人は生き写しの様に感じる事もあった。
何故気付かなかった。いや、気付けなかったんだろうと。
「どうかルヅキを責めないであげてください……」
ハルのその一言に、ハッとユーリは我に返る。
「うん……」
そう、ルヅキに謝らなくてはならない。気付けば駆け出していた。
“きっと辛い想いをしている筈なのにボクは……”
ユーリはルヅキの跡を追う様に、広間から飛び出した。
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