その日の夕暮れ。校舎裏にはふたりきり。
凪はどこか嬉しそうに、でも真剣な眼差しで千歌を見つめていた。
「……本当に、聞きたいの?」
「うん。誰に何と言われても、俺は先輩の歌が好きだから」
千歌の胸がぎゅっと締めつけられる。
どうして、こんなにも迷いなく言えるのだろう。
「……少しだけだから」
深呼吸をひとつ。
千歌は静かに目を閉じ、声を紡ぎ出した。
澄んだ音色が、風に乗って夕焼けに溶けていく。
凪は息を呑んで、その一音も聞き逃すまいと耳を傾けていた。
歌い終えた瞬間、千歌は顔を伏せた。
「……下手だったら、ごめん」
「下手?何言ってるんだよ!」
凪は勢いよく立ち上がった。
「すごかった!鳥肌立った!俺、何回でも聞きたい!」
その言葉に、千歌の胸が熱くなる。
逃げ出したい気持ちと、もっと聞いてほしい気持ちがせめぎ合って、うまく呼吸ができなかった。
「……そんなに言われても、困る」
「困らせるつもりはないんだ。ただ、本当に好きなんだ」
まっすぐな言葉に、千歌は視線を逸らすしかなかった。
でも、その頬はほんのり赤く染まっていた。