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“あの日、私だけが取り残された坂道”
Episode 03 #届かない叫び
部活の練習中も、シャトルの軌道がぼやけて見えた。
先輩に「美咲、今日集中できてないよ」と注意され、慌てて頭を下げる。
「すみません、ちょっと寝不足で……」
嘘ではない。だけど、その寝不足の理由である「勉強」が全く実を結んでいないなんて、口が裂けても言えなかった。
体育館の床を蹴る音、飛び交う声。すべてが遠くの出来事のように感じる。
私は何のためにここで汗を流しているのだろう。部活を引退したら、もっと勉強の時間が作れる? いや、時間を増やしたところで、結果が変わらなかったら……?
考え始めると、足がもつれそうになった。
部活が終わり、他の部員たちが楽しそうに買い食いの計画を立てる中、私は「塾があるから」と嘘をついて、一人で先に校門を出た。
本当は今日、塾の日じゃない。でも、誰とも一緒に帰りたくなかった。特に、千尋とは。
駅へと続く夕暮れの道を歩いていると、後ろから自転車のベルの音が響いた。
「あ、美咲! 待ってよ!」
聞き飽きた、そして一番聞きたくない声だった。
千尋が自転車を押しながら、私の隣に並ぶ。その顔には、部活帰りの爽やかな汗が浮かんでいた。千尋は運動部のマネージャーをしていて、毎日忙しそうにしているはずなのに、どうしてあんなに余裕そうなのだろう。
「美咲、最近なんか元気なくない? 部活きつい?」
「……別に。普通だよ」
「そっか? ならいいんだけど。あ、そうそう、来週の進路希望調査の紙、もう書いた?」
「進路希望」というワードに、心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「……まだ、出してない」
「私さ、なんとなく経済学部とか行こうかなって思ってて。数学苦手だけど、なんとかなりそうじゃん? 美咲はやっぱり、ずっと言ってた医学部?」
千尋の言葉には、悪気なんて一ミリもない。ただの世間話だ。
でも、その無邪気さが、今の私にはナイフよりも鋭く突き刺さる。
「……千尋には関係ないじゃん」
思わず、トゲのある声が出てしまった。
千尋は驚いたように目を丸くし、自転車を止めた。
「え、美咲……?」
「関係ないって言ってるの! 千尋はいいよね、ちょっとやっただけで点数取れて、行きたい大学もなんとなくで決められて! 私がどれだけ必死にやってるか、知りもしないくせに……!」
気づけば、声が震えていた。
言いたいことは、そんなことじゃない。千尋を責めたいわけじゃない。
ただ、自分が惨めで、悔しくて、どうしようもないだけなのに。
「ごめん。私、急ぐから」
千尋の返事を聞く前に、私は駆け出した。
後ろから「美咲!」と呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返らなかった。涙が視界を遮って、前がよく見えなかった。
駅のトイレに駆け込み、個室に入って鍵を閉める。
狭い空間の中で、抑え込んでいた感情が一気に溢れ出た。声を殺して、ボロボロと涙を流す。
何で私、こんなに性格悪くなってるの。
千尋は何も悪くないのに。中学の時、私より頭が悪かったなんて、そんなの過去のことなのに。
「私より上に行かないで」なんて、なんて醜いプライドなんだろう。
でも、そう思わなきゃ、自分が消えてしまいそうだった。
勉強ができることだけが、私の価値だった。お母さんが私を優しく見てくれる、唯一の理由だった。
それがなくなったら、私はただの「何もない人間」になってしまう。
カバンの中から、進路希望調査のプリントを取り出す。
第一志望の欄は、真っ白のまま。
「医者」
その二文字を書く手が、どうしても動かない。
書けばお母さんは喜ぶ。でも、今の私の点数を見れば、また激しい罵倒が飛んでくるだろう。
じゃあ、他の職業?
やりたいことなんて、一つもない。昔から勉強ばかりさせられてきて、自分が何に興味があるのか、何を楽しいと思うのかすら、もう分からなくなってしまっていた。
適当に「医者」って言って、周りにちやほやされて、それを引っ込みがつかなくなって、ずるずると引きずって。
本当に嫌だ、私。
スマホがポケットの中で震えた。
お母さんからのメッセージだった。
『今日の数学の解き直し、終わったらリビングで見せなさい。逃げちゃダメよ』
画面を見つめたまま、私は便座に座り込んで、動けなくなってしまった。
家に帰りたくない。
明日が来なければいいのに。
心の中で、何度も何度も、届かない叫びを繰り返していた。
今日めっちゃ暑くないですか?
部活中、汗ダラダラで過ごしてました☺︎
ではまた次回。
#現実世界
雪代 真希奈
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#進化
雪代 真希奈
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#儚い
nanaha.
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コメント
1件
第3話、すごく刺さった……。美咲の「私より上に行かないで」っていう醜いプライドの部分、めちゃくちゃリアルで胸が痛かったわ。ああいうの、誰にでもあるけど認めたくない感情じゃん。進路希望調査の用紙が真っ白のままなのも、お母さんのメッセージで動けなくなるラストも、読んでて息が詰まるような苦しさがあった。千尋は確かに何も悪くないのに、毒づかずにはいられない美咲の気持ち、わかるよ……。次、どうなっちゃうんだろう。