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#現実世界
雪代 真希奈
107
#進化
雪代 真希奈
25
#儚い
nanaha.
236
“あの日、私だけが取り残された坂道”
Episode 04 #見えない未来
スマホの画面に表示されたお母さんからのメッセージを、私は指でなぞる。
『逃げちゃダメよ』
その言葉が、まるで私の首を真綿でじわじわと締め付けていくかのように思えた。
逃げられるわけがない。私には行く場所なんてどこにもないのだから。
駅のトイレの鏡で、赤くなった目を冷たい水で何度も洗う。前髪を整え、いつもの「真面目な優等生」の仮面をもう一度顔に張り付けた。
家に帰ると、リビングにはお母さんが待っていた。テーブルの上には、私が昨日持ち帰ったあの数学のテスト用紙が広げられている。
「遅かったわね。部活?」
「うん。ちょっと片付けが長引いて」
「そう。じゃあ、解き直したノートを見せて」
私はカバンからノートを取り出し、お母さんの前に置いた。
学校から駅までの道、そして電車の待ち時間、私は必死にスマホで解説を検索し、理解できない数式をただ機械的にノートに書き写していた。それは「勉強」ではなく、ただの「作業」だった。
お母さんはページをめくり、私の筆跡をじっと見つめる。
「……これ、本当に自分で理解して解いたの?」
「え?」
「答えをただ写しただけに見えるわ。ここの計算のプロセス、なんでこうなるのか説明できる?」
お母さんが指差したのは、私が一番意味の分からなかった、公式を強引に当てはめただけの箇所だった。
喉がぎゅっと詰まる。心臓の音が耳の奥でうるさく鳴り響いた。
「えっと、それは……その公式を、ここに代入して……」
「代入する前に、どうしてこの条件が成り立つのかって聞いてるの。美咲、あなた本当に応用が利かなくなったわね。中学の貯金だけで解ける問題なんて、高校では一問もないのよ」
お母さんは深くため息をつき、ノートをパタンと閉じた。
「明日は塾の先生に面談を申し込んであるから。今のクラスから落とされたら、本当に医学部なんて夢のまた夢よ。分かってるの?」
「……うん。分かってる」
分かっている。誰よりも自分が一番、その現実を突きつけられて、血を流している。
でも、その血が見えていないお母さんには、私がただ怠けているようにしか見えないのだ。
「もういいわ。部屋に戻って、英語の予習をしなさい」
自室に入り、ドアを閉めた瞬間、全身の力が抜けて床に座り込んだ。
机の上には、何冊もの参考書や問題集が山積みになっている。そのどれもが、私を責め立てる自鳴琴のように見えた。開けばまた、自分が「できない人間」であることを証明されてしまう。
ふと、机の引き出しの奥にしまっていた、中学時代の通知表が目に留まった。
オール5。学年順位は常に一桁。
あの頃の私は、間違いなく輝いていた。みんなが私を認め、お母さんも自慢の娘だと抱きしめてくれた。
なのに、今の私はどうしてこんなに惨めなのだろう。
スマホが小さく震えた。
画面を見ると、千尋からのメッセージだった。
『美咲、さっきはごめんね。何か嫌なこと言っちゃったかな。明日、もし良かったら一緒に購買のパン食べよ!』
その優しさが、今の私には一番の劇薬だった。
千尋は、私がこんなに醜い嫉妬で胸を焦がしていることなんて、想像すらしていないのだろう。私を「親友」だと思って、無邪気に手を差し伸べてくれている。
それが、たまらなく惨めだった。
(私は千尋を、自分より下だと見下すことでしか、自分の価値を保てなかったんだ)
その事実に気づいた瞬間、涙ではなく、乾いた笑いが口から漏れた。
私には、もう何もない。
勉強ができるというメッキが剥がれ落ちた今、中身は空っぽで、ドロドロとした嫉妬しか残っていない。
「……諦めたいな」
ぽつりと呟いた言葉は、部屋の静寂に吸い込まれて消えた。
明日、塾の面談に行けば、また現実を突きつけられる。学校へ行けば、千尋の無邪気な笑顔と、私を引き離していく点数を見せつけられる。
私は一体、どこへ向かって走ればいいのだろう。
ゴールも見えない、足も動かない暗闇の中で、私はただ、明日の朝が来る恐怖に怯えていた。
寝る前にたくさん書いときます。
エアコンの風が涼しい🎐
ではまた次回
コメント
1件
うわああ…美咲の心の内が痛いほど伝わってきたよ😭💔 お母さんの「逃げちゃダメよ」が真綿で首絞めるみたいって表現、すごくリアルで胸が締め付けられた…。昔はオール5で輝いてたのに、今は空っぽで嫉妬しか残ってないって自己認識、読んでて切なすぎるよ。千尋からの優しいメッセージが「劇薬」って感じるのも、美咲の苦しさが滲んでて泣ける…。次、どうなっちゃうんだろう、心配だけど応援したくなるよ😢💕