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まるでウェディングドレスのような純白のドレス姿でエリーゼが屋敷の門を出ると、そこで待機していたデヴィール国の馬車に乗せられた。座席には、すでに黒衣の男性が座っていた。おそらく、この人がアゼル王だと思われる。
(え、この人……?)
その男の顔を見た瞬間に、エリーゼの心臓が衝撃を受けて跳ね上がる。
その黒髪、真紅の瞳……いつも見る夢の中の『魔王』そのものであった。そして、その夢を再生するかのように、あの時の不敵な笑いを浮かべてアゼルが顔を寄せる。
「久しぶりだな。ようやく見付けたぞ、エリーゼ」
「あなたは、魔王……アゼル……!」
アゼルの悪魔の瞳と目を合わせた瞬間に、エリーゼに前世の記憶が蘇る。
アゼルに『溺愛の呪い』をかけられた女王エリーゼは、その一生をアゼルに捧げて魔国で生きた。聖女の能力を利用され、望まぬ悪事に手を貸して、身も心もいいように扱われ……それでもアゼルを溺愛して一生を終えた。そこに本当の愛はなかった……はずだった。
(このままでは……まずいわ!!)
魂にかけられた呪いの効果は今も持続している。このままでは今世もアゼルを溺愛して生きる事になる。今世では聖なる力を持っていないので軍事力として利用される恐れはないものの、エリーゼの感情と自尊心がそれを許さない。
「クク……まぁ、座れよ」
「きゃっ……?」
アゼルに片腕を掴まれ、強く引っ張られてエリーゼの体勢が崩れる。そのままの勢いで、向かい合う形でアゼルの膝の上に座らされてしまった。それでもエリーゼは強気に睨んで抵抗の意思を見せる。
「アゼル……あなたの思い通りにはいかないわよ!!」
急にエリーゼの口調が強気になった。前世の記憶が戻ると同時に、性格も前世と同じく強気な女王になっていた。しかし、なぜかアゼルは、そんなエリーゼを見て恍惚とした表情をしている。
「あぁ……いいぞ、それでこそエリーゼだ。さぁ、再びオレを溺愛するがいい……」
「な!? ふざけないで! あんたなんかっ……絶対に溺愛するものですか!!」
顔を赤くして嫌がっている割には拒絶していない。むしろ抱きついている。
そう……エリーゼは前世でアゼルを溺愛してはいたが、その性格は『ツンデレ』であった。そして、そんなツンデレ女王に溺愛され続けたアゼルは、ツンデレ溺愛という性癖に目覚めてしまっていた。
アゼルはエリーゼの両頬を両手で包む。まるで前世の婚姻の口付けのシーンを再現するように。
「さぁ、婚姻の口付けを交わすぞ」
「い、いや……」
悔しいが、アゼルは目と心を奪われるほどに容姿が美しく、嫌でも悪魔の赤い目に魅入られてしまう。
迫り来るアゼルの唇が重なる直前で、エリーゼは片手を上げて力一杯振り下ろす。アゼルの頬を強く叩いた瞬間に、その手から聖なる光が溢れ出る。聖なる力を持たないはずのエリーゼの中で、一瞬だけ大聖女の能力が覚醒した。
叩かれた頬の痛みなど大した事はないが、アゼルは顔を歪める。エリーゼの手から広がる黄金の光がアゼルの全身を包んでいく。
「ぐ、なん……だ!? 貴様、何をした!?」
「え、なに、この力……?」
エリーゼ自身も無意識に発動した力を制御できなくて戸惑うが、これはチャンスだと思った。今こそアゼルの魂を永遠に封印できるかもしれない。アゼルさえ転生しなければ、溺愛の呪いから解放される。
(封印! アゼルを封印!!)
聖女の能力の使い方なんて分からないが、発動した力に便乗して脳内で強く願ってみる。
やがてアゼルの全身を包んでいた光が消えるが、特に何も変わった様子はない。アゼルは今もここに存在しているし、悪魔のような赤い瞳でエリーゼを睨みつけている。
エリーゼはアゼルの膝の上で、諦めたように肩の力を抜く。
「失敗した……でも、私は前世とは違う。今度は絶対にあなたを溺愛しないからっ……!」
「貴様がしなくてもオレが溺愛する」
「……え?」
どうもアゼルの様子がおかしい。その赤い瞳は冷酷ではなく熱を帯びている。それも情熱的な……相手を焦がすほどに熱愛の視線であった。
「愛してやるぞ、エリーゼ。貴様の身も心も魂も全てが愛しい……エリーゼは永遠にオレのものだ」
愛を熱く語るアゼルの瞳は嘘を言っているようには見えない。アゼルの魂の封印には失敗したが、何か別の効果を与えたらしい。そうなるとアゼルの熱い視線が気になる。まるでアゼルにも溺愛の呪いがかかってしまったような……。
そう考えている間にも、アゼルの赤い瞳が近付いて唇が触れ合いそうな距離になる。
「聖女エリーゼよ。デヴィール国王アゼルが貴様を娶る。永遠に愛してやるぞ」
「え、いやっ!! 放しっ……」
エリーゼの口を塞ぐようにしてアゼルの唇と重なる。強制的に婚姻の口付けを交わされてしまった衝撃よりも、悔しいが愛しさが勝る。これは溺愛の呪いの効力だと分かっているが決して抗えない。
(でも、何かおかしい……)
確かにアゼルを愛しいと思うのだが、溺愛ほどではない気がする。そう思ったエリーゼはキスの最中でありながら右手を振り上げてアゼルの頬を全力で叩いた。
アゼルの顔が横を向くほどに強いビンタであったが、エリーゼはこれで確信した。自分はアゼルを溺愛まではしてない。これならアゼルの愛を拒絶できると。
「貴様……クク……そんなところも可愛いな。愛しいぞ、愛してるぞ」
叩かれたというのに、アゼルは嬉しそうに笑って愛を語り続けている。アゼルに新たな性癖が目覚めた訳ではなさそうだ。アゼルは完全にエリーゼを溺愛している。
(これは……アゼルにも溺愛の呪いがかかったというの?)
思い返してみると、聖女の能力は邪悪な力を跳ね返す。衝動的に目覚めた内なる聖力が、エリーゼの魂にかけられた呪いをアゼルに跳ね返した。
つまり、今度はアゼルに『溺愛の呪い』がかかってしまった。しかしエリーゼ自身の溺愛の呪いも完全には解けていない。
おそらく呪いが二分割されて二人共にかけられている状態。その効力は半々のはずだが、どう見てもアゼルの溺愛の方が強い。
「アゼル、あなた……まさか本気で私を……?」
前世でのアゼルは、エリーゼの聖女の能力を利用するために呪いをかけて娶ったはずだった。しかしエリーゼに溺愛され続けているうちに、いつしかアゼルも本気でエリーゼを溺愛していた。その本気の愛が加わり相乗効果となって呪いの効力を強めた。
「あぁ、前世から本気だった。エリーゼ、今世も幸せにしてやる」
前世と今世でさらに増した溺愛により、アゼルは強くエリーゼの体を抱きしめる。
今になってアゼルの前世の本気の愛を知ったエリーゼは、不覚にも恋に落ちたかのように胸が高鳴る。呪いの効果なのか、本気の思いなのか……アゼルが愛しいと感じてしまう。
つまり二人は今世でも『両思い』になってしまったのだ。しかし呪いの効果が半減したエリーゼだけは不本意で、そのつもりはない。
(でも、だめ……私は絶対に溺愛しないんだから……)
今世では絶対に魔王アゼルとの溺愛エンドを回避してみせる。誇り高き聖女の令嬢エリーゼは、そう強く決意する。
ツンデレなエリーゼは心で拒絶を繰り返しながらも、馬車の中で何度もアゼルからの愛の誓いのキスを受け入れていた。
「可愛いな、エリーゼ。愛してるぞ。どうだ、オレに愛されて嬉しいだろう?」
「嬉しくないっ!」
「エリーゼもオレを愛しているだろう?」
「ふざけないで!! 私は、あんたなんかっ……」
(悔しいけど、好き……)
そうして甘い新婚夫婦の二人を乗せた馬車は、デヴィール国の魔王の城へと向かって走り続ける。
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