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紗月を将嗣に会わせるのは気が重いが、二人っきりで会うよりいいような気がした。
ポジティブ思考でいると ピンポーン!とチャイムが鳴った。
「いらっしゃい。毎度いきなりですね」
目の前にいる将嗣に嫌味の一つでも言わなければ気が済まないのだ。
でも、肝心の将嗣は、キョトンと目を丸くしただけだった。
「えっ? 電話したじゃん。これ、ますだ屋の生クリームどらやき」
ますだ屋の生クリームどら焼き、そんじょそこらの類似品とは別物の絶品どら焼き。甘すぎず、フワフワの食感。生クリームと粒あんの絶妙なバランス。
くそぉー。毎度毎度、美味しいものを……。
玄関で追い返そうと思っていたけど、しょうがない。
「ドウゾ、オアガリクダサイ」
「こんにちは。私、夏希ちゃんのいとこの紗月です。元カレさん」
紗月がにこやかに手をひらひらさせ、将嗣へ挨拶をしている。
「夏希の元カレの園原将嗣です」
いや、二人とも「元カレ」表記オカシイでしょう。
仕方ないので椅子をすすめて、お茶を入れてあげた。すると将嗣はわざとらしく感嘆の声を上げる。
「夏希の入れてくれたお茶は美味しいなぁ」
まあ、お茶は美味しく入れられるけど、そこまで言わなくても……。
「うわ、このどら焼きめちゃめちゃ美味しい!」
紗月は、将嗣のお土産のどら焼きに舌鼓を打っている。
なに、このカオスな状態……。
ちょっと、頭がいたくなってきた。
ベッドに寝ていた美優が目を覚ましフニフニ言い出した。それに気づいた将嗣は、ここぞとばかりに手を伸ばす。
「美優ちゃん、おいで、相変わらず可愛いなぁ」
美優を抱き上げ膝の上であやし始めた。
将嗣は本当にうれしそうだ。美優も構われて楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
「へぇ、園原さん、ちゃんとパパしているんだ」
紗月が感心の目を向けた。すると、将嗣が照れくさそうに笑う。
「にわかパパだけどね」
「園原さん、ある日突然自分がパパだって知ってどう思いました?」
紗月ってば、なんて聞きにくい事をズバッと聞くのか、驚いたけれど聞いてみたいことでもあった。
「まさか夏希が俺の子供を産んでくれいたとは思ってもみなかったから、嬉しかったよ」
将嗣はふわりと優しい笑顔で答えた。
「園原さん、思っていたよりいい人だね。子供好きだし、わりとイケメンだし」
「あはは、イケメンかどうかは、置いておいて、美優ちゃんのパパとして合格?」
「うん、合格!」
紗月と将嗣で勝手に合格を出して、だからどうしろというんだ。美優のママである私の意思を無視しないでほしい。
場の雰囲気に飲まれないよに、私は冷ややかに言う。
「で、今日の要件は?」
「今度の水曜日午後2時に弁護士さんの手配が付いたんだ。迎えにくるよ」
「えっ? それだけ? メッセージでも済んだのに……」
まったくの拍子抜けだ。
すると紗月が腕を組んで私を睨む。
「夏希ちゃん、園原さんだって美優ちゃんに会いたかったんだよ。用事がないと会いにくいし、そんな事言わないの」
紗月に窘められた。言われてみればそうなのかもしれない。
「紗月さん、ありがとう。美優ちゃんの顔が見たかったんだ」
少し寂しそうに視線を落とした将嗣の様子に、罪悪感が湧く。少なくとも将嗣は、美優の父親としての対応は、誠意を持って対応してくれている。
私は冷たすぎるのだろうか?
そんな事考えていたら、心の隙をついたように将嗣が例の話しを始めた。
「なあ、夏希、両親に美優ちゃんを会わせる話考えてくれた?」
ヤバイ、保留中の話を持ち出された。
「何? 夏希ちゃん、園原さんのご両親に会うの?」
認知の話も約束通り進めてくれている訳で、セットでこの話も出るのは予想していたが、今日突然、将嗣がやってくるとは思わず、まだ答えが出ていなかった。
「……ごめん、まだ考え中」
やんわり断れないか言葉を探していたが答えが見つからずにいた。
「園原さんの実家ってどこ?」
紗月が将嗣へ好奇心いっぱいの瞳を向ける。
「小田原だよ。海の幸が美味しいし、日帰りでも行けるから1日だけでいいから時間作ってくれないかな?」
「あ……。う、うーん、どうしようかな」
将嗣は、是が非でもご両親に美優を会わせてあげたいのだろう。
でも、気が進まない私の気持ちもわかって欲しい。
すると、紗月が横から差し出口をしてくる
「夏希ちゃん、園原さんのご両親なら美優ちゃんにとってのおじいちゃんおばあちゃんになるんだよ。顔をみせてあげてもいいんじゃない?」
「夏希、俺からも頼むよ。病気の父も美優ちゃんを見れば、気持ちに張りが出ると思うんだ」
「園原さんのお父様ご病気なの? やだ、これは絶対に会いに行かなくちゃ」
ふたりの視線が突き刺さる。
イヤと言えば、病気のおじいちゃんに孫の顔を見せない非人道的な人間のようだ。
「う、うん。わかった。1日だけだからね」