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玄関で将嗣を見送った。
部屋に戻ると紗月がキッチンで洗い物をしてくれている。
「ありがとう。助かる」
「これぐらいいいよ。それより、夏希ちゃんがシングルマザーになるって聞いた時、相手の男コノヤローって思っていたけど、会ってみたら園原さんいい人だね。ねえ、この際だから園原さんでもいいんじゃない? 今、フリーなんだし、美優にとって本当のパパなんでしょう?」
「紗月が、相手の男コノヤローって思った頃には、もう、気持ちの整理がついちゃったからね……。気持ちって、難しいね」
腕の中にいる美優を見つめる。
神様とは器用なもので耳の形やおでこから目のあたりまで将嗣に似て、唇や鼻は私に似ている気がする。両親それぞれのパーツを器用に混ぜ合わせて出来ている。こういうよく似た部分を意識した時、血のつながりを感じる。
「ごめん、ちょっと言いすぎちゃったね。でも、病気のお父さんには会わせてあげた方が良いと思うよ。亡くなったあとで、後悔しても遅いんだし……」
確かに、人の命の長さなんてわからない。後で会って置けば良かったと後悔してからでは遅いんだ。それに将嗣は、お父さんが病気療養中だと言っていた。
「ん、そうだね。会える時に会って置くのが正解なんだろうね。でも、将嗣の実家かぁ。結婚もしていないで子供連れて行ったら、なんて言われるのか憂鬱なんだよね」
「まあ、嫌な事言われたら、ささっと席立って帰って来ちゃえばいいんだから、気負わなくても平気だよ」
「そうだね、いざとなったらタクシー拾って帰って来るわ」
紗月が帰った後、元気に動く美優を眺めていると複雑な気持ちになった。
私にとっての幸せと美優にとっての幸せは違うものなのだろうか?
子供を産んだら子供の幸せを考えるのは大切な事だけれど、自分の幸せを追い求めてはいけないのだろうか?
やっと、気持ちが通じ合った恋を諦めないといけないのだろか……。
チェストの上の写真立てに目をやると、そこには美優が産まれた時に病院で撮影したお守りにしている朝倉先生と私と美優三人で写っている写真がある。あの時の出会いからいつも困った時に助けてくれる朝倉先生。
憧れの人から好きな人になるまでは時間が掛からなかった。そして、想いが届いて恋人になった。写真立ての横に置いてある携帯電話を手に取り、その人の名前をタップする。
3回目のコール音の後、朝倉先生の声が聞こえた。
『夏希さん、どうしたの?』
「お忙しいのにすみません。翔也さんの声が聞きたくなって」
『私も夏希さんのことを考えていたんだ。声が聞けて嬉しいよ』
耳に優しい声が聞こえる。
それだけで、不安が消えて行く感じがした。
「翔也さん、私も声が聞けて嬉しいです」
『仕事の区切りがついたら会ってくれるかな?』
「はい、私も会いたいです」
『寒くなってきたけど、美優ちゃん風邪を引いたりしていない? 困った事があったら無理しないで呼んで欲しい』
「美優も私も元気ですよ。翔也さんも無理しないでくださいね」
『ありがとう。誰かに心配してもらえるのは嬉しいね』
「そうですね。私も翔也さんに心配してもらえて嬉しいです」
他愛ない話をして電話を切る。
さっきまで不安にだった気持ちが落ち着いていた。