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ウンターガング側の旗色は次第に悪くなっていた。
相手の戦力が想定を遥かに上回っていたのだ。
元々、バンディト山賊団の力があれば制圧は容易なはずだった。
だが、デュッセルが引き連れてきたのは王国騎士だけではない。
なぜかフロル教の神殿騎士まで混じっている。
ゲリセンの奇襲が事前に予想されていたように、見えないところに数多の伏兵が潜んでいることも想定外だった。
「チッ……機を見誤ったか。残存戦力は?」
「残り七割ほどです。一部では投降する者も出始めているようで」
「ふむ。仕方ないな、逃げるか」
見極めは迅速に。
それが大商人の鉄条。
戦力が三割も減った時点で、この戦は敗北濃厚だ。
ここは一旦逃げ、新たに準備を整える必要がある。
ウンターガング領は制圧されるだろう、
だが、ゲリセンは他の諸侯ともつながりを持っている。
自らの商才を以てすれば再び野望を叶えるチャンスは巡ってくるはず。
そう確信し、ゲリセンは撤退の準備を始める。
だが、
「領民を賊に仕立て上げ、挙句の果てに見捨てるとは。貴殿にわが国の領土を預けたことは間違いだったようだな」
「ぬっ……!?」
気づけば、大勢の騎士に取り囲まれていた。
デュッセルを中心とする騎士団にゲリセンは取り囲まれていた。
──いや、おかしい。
ゲリセンの思考が真っ白になる。
つい先程まで敵兵は周囲にいなかったはず。
「なぜ……囲まれている!?」
「運が悪かったな。おそらく私一人では、ゲリセン殿の企みどおり命を落としていただろう。だが、我らには奇跡を司るお方がついていらっしゃる」
「奇跡だと? まさか、フロル教の大司教が……」
ゲリセンはハッと顔を上げる。
神殿騎士がいるのならば、奇跡を扱うフロル教の大司教がいても不思議ではない。
こうして敵兵がいきなり現れたのも、天を飛ぶ奇跡のせいか。
「大司教ではない。教皇聖下がいらしている。貴殿の最大の運の尽きは、フェアシュヴィンデ嬢に手を出したことだな。彼女に手を出さなければ、聖下が介入することもなかっただろうに」
「き、教皇……?」
デュッセルの言葉に狼狽するゲリセン。
そこに、さらなる凶報が訪れる。
「デュッセル殿下! ユリス殿下とアマリス嬢を捕縛しました!」
「よくやった。あの二人は拘束しておけ。あとはゲリセン・ウンターガングの捕縛だ。降伏した敵兵は捕虜とし、丁重に扱え」
「はっ!」
ユリスたちは何をしているのかと……ゲリセンは憤慨しそうになった。
あのまま地下牢の隠し通路から逃げてくれれば、捕まらずに済んだものを。
なぜ下手に動いて捕まったしまうのだろうか。
「く……これはもう、終わりか……」
数多の苦境を乗り越えた大商人でさえも、機は見出せなかった。
これはもう無理だ。
騎士に包囲され、なお抵抗を続けるほど馬鹿ではない。
しかも教皇まで来ているというのだから。
「ゲリセン・ウンターガングを捕らえよ! 戦は終わりだ!」
デュッセルの号令と共に、ゲリセンの身柄が拘束される。
周囲の護衛も諦めたように武器を手放した。
完璧に準備したつもりだったが、相手の力が上回った。
敵を拘束する中で、デュッセルの隣にフェアリュクトがやってきた。
「デュッセル、もう終わっていたか。少し暴れ足りないな」
「まだ抵抗する残党はいるだろう。そのときに暴れればいいさ。それよりも聖下とフェアシュヴィンデ嬢は無事か? 私たちをゲリセンのもとに飛ばしてくれたのだから、聖下は大丈夫だと思うが」
「ああ。今は神殿騎士に警護されている。死人もそれなりに出たゆえ、これから聖下は慰霊の準備に入るそうだ」
まだアルージエの仕事は終わっていない。
戦に勝つのがデュッセルとフェアリュクトの仕事ならば、アルージエの仕事は戦後処理だ。
今回の戦は神殿騎士を動かした。
それゆえ、教皇も戦に対する責任を負う必要がある。
まずは祈禱を行い、死者の安息を願う儀式を行わなければならない。
「ところでフェアリュクト。いつ教皇を『あの男』ではなく『聖下』と呼ぶようになった?」
「ククッ……ついさっきだ。あの雄姿を見て、もはや無礼は働けまい」
「そうか。君の態度が改善されて何よりだ」
今回の戦で得た最大の戦果は、フェアリュクトの態度改善かもしれない。
デュッセルは心中でそう思った。