テラーノベル
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ピンポーン。 玄関のチャイムが鳴った。
私は思わず身体を強張らせる。
来た。
おそらくハルさんではない。
省吾が呼んだ誰か。
しかも、かなりの確率で心霊関係の人間だ。
調子に乗りすぎたかもしれない。
返事なんてしたせいで、とうとう霊媒師まで呼び寄せてしまった。
省吾は立ち上がりもせず声をかける。
「開いてますからどうぞ」
扉が開く。
入ってきた人物を見て、私は天井近くで固まった。
「うわ」
思わず声が漏れた。
篠崎だった。
紛れもなくあの篠崎。
味塩で除霊していた胡散臭い霊媒師。
ただ。
前とは印象が違う。
ジャラジャラしたアクセサリーもない。
派手な服装もない。
黒のジャケットに落ち着いた服装。
片手には大きな筒まで抱えている。
普通にしていれば案外整った顔をしている。
それが余計に腹立たしい。
「味塩で除霊してたくせに」
言ってみる。
もちろん届かない。
だが今日は妙だった。
同じ人間のはずなのに。
少なくとも味塩を振り回していた時よりは本物らしく見えた。
省吾が頭を下げる。
「お忙しいところすみません」
「いえいえ」
篠崎は笑った。
「きっと呼ばれるんじゃないかと思ってましたよ」
その言葉と同時に。
篠崎の視線が私のいる場所へ向く。
私は凍り付いた。
えっ。
今──見た?
偶然だと思いたかった。
だが前回もそうだった。
『あんたを縛っているのは事件じゃない』
あの言葉を今でも覚えている。
「まさか」
嫌な予感が胸をよぎる。
「本当に除霊するつもり?」
急に怖くなる。
私は消えたくない。
少なくとも今は。
まだ話したいことがある。
知りたいこともある。
省吾のことだ。
いつから名前で呼ぶようになったのかは覚えていない。
気付けばそうなっていた。
省吾が話を始める。
「白石さんからは聞いていますか?」
「はい。ラップ音の件ですね」
私は少しだけ様子を見ることにした。
どうやらいきなり塩を撒かれるわけではなさそうだった。
「私が質問するとラップ音で返事が返ってくるんです」
「そう聞いています」
「今のところ、おそらくYESなら一回、NOなら二回です」
「なるほど」
篠崎が頷く。
そしてまた。
私を見る。
さっきとは別の場所にいるのに。
視線だけが追いかけてくる。
もう偶然とは思えなかった。
見えている。
少なくとも何かは感じている。
そんな気がした。
「で、どうしたいんですか?」
篠崎が尋ねる。
省吾は少し考えてから答えた。
「できるなら会話をしてみたいんです」
私は息を止めた。
「事件の真相も知りたい。でも、それ以上に彼女自身のことを知りたい」
胸の奥が少しだけ落ち着いた。
除霊じゃない。
追い出したいわけでもない。
それだけは分かった。
「降霊とかできますか?」
省吾が聞く。
「私なら可能です」
「じゃあ」
「ただ」
篠崎が遮った。
「必要ありません」
省吾が首を傾げる。
「必要ない?」
「直接話した方が早いでしょう」
「直接?」
「ええ」
省吾が苦笑する。
「できないから相談したつもりなんですが」
篠崎は肩をすくめた。
「ラップ音を活用しましょう」
「活用?」
「YESとNOができるなら、文字も作れるはずです」
省吾の表情が変わる。
私も思わず身を乗り出した。
文字。
そんな発想はなかった。
「例えば点と線」
篠崎が言う。
「点と線?」
「モールス信号みたいなものです」
省吾がはっとする。
「ああ」
「短い音と長い音。この二種類だけでも情報量はかなり増えます」
「なるほど」
「実は昔、そのための表を作ったことがあるんです」
篠崎は抱えていた筒を軽く叩いた。
省吾が目を瞬かせる。
「作った?」
「ええ。交信のために」
「使ったことは?」
「ありません」
あっさり言った。
「返事をしない霊だったり、そもそも交信できなかったり。大抵はそこまでたどり着かないので」
なんだそれ。
私は思わず呆れる。
「それ使う相手いなかったんじゃん」
「半分はお蔵入りですね」
篠崎は笑った。
「ですが今回は使えそうです」
そう言うと筒を開く。
中から出てきたのは大きな模造紙だった。
広げると畳一枚ほどもある。
五十音と記号がびっしりと並んでいた。
「うわ」
思わず声が漏れる。
篠崎はそれを壁に貼り付けた。
「モールス信号を参考に独自に考案しました」
省吾は真剣な顔で表を見つめる。
「これならいけるかもしれない」
「そう思います」
しばらく説明が続く。
私には半分も分からなかった。
やがて説明が終わる。
篠崎は満足そうに頷いた。
「後は二人で試してください」
そう言って玄関へ向かう。
省吾も追いかける。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
靴を履きながら篠崎が振り返る。
その視線が再び私に向いた。
今度は間違いない。
私だ。
私を見ている。
その視線がゆっくりと身体をなぞる。
いや。
身体ではない。
私に繋がる紐を見ている。
残り少なくなった白い紐を。
私は息を呑む。
篠崎は知っている。
この紐のことを。
そして帰ろうとしていた足を止めた。
「そうそう」
軽い口調だった。
「最後の紐が切れた時は」
省吾が顔を上げる。
「え?」
私も反射的に声を出した。
「え?」
篠崎は一瞬だけ何かを言いかけて、
やめた。
意味ありげに笑う。
「それでは」
扉が閉まる。
部屋に沈黙が落ちた。
しばらくして。
省吾が模造紙を見上げながら呟く。
「モールス信号か」
私はそっと隣へ降りる。
「最後の紐って何」
もちろん答えはない。
だが気になる暇もないらしかった。
省吾は模造紙の前に座り込む。
「じゃあ試してみるか」
私は壁の文字表を見上げる。
大きい。
馬鹿みたいに大きい。
五十音がぎっしり並んでいた。
「多すぎでしょ……」
覚えられる気がしない。
「いるんだろ」
省吾が上を向く。
私は少しだけ笑う。
見えないけれど。
「最初の練習だ」
省吾が言う。
「今どこにいる?」
私は慌てて表を見る。
えっと。
う。
短い音。
長い音。
次は。
え。
また表を見る。
頭がこんがらがる。
何とか音を鳴らす。
ピシッ。
ピシーッ。
ピシッ。
ピシッ。
省吾が文字を追う。
「う」
「え」
ゆっくり上を向く。
私は思わず固まった。
「上か」
そう言って笑う。
私は少し得意になった。
会話だ。
たった二文字。
それでも。
五年ぶりの会話だった。
コメント
1件
えぇぇ〜!!?!?第13話もエモすぎんだろ…😭💕 前回の味塩霊媒師・篠崎がまさかの本気モードで再来!黒ジャケ姿、しかも手作り五十音表持参とかキャラ変わりすぎて笑ったww でも「最後の紐が切れた時」の意味深な笑顔、マジで震えた…あの紐って何なん!?気になりすぎて夜しか寝れん!! そして何より「上」のたった二文字で五年ぶりの会話が成立したシーン、涙腺崩壊寸前だった…見えないけど確かにそこにいる存在との会話、尊すぎる🥺✨ 次回も絶対読む!!
都築七美
360
#初心者だからつまんないかも....
海夏
33
浪霧(らむ)
213
ピデピー
1,156