テラーノベル
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冷静に考えればあり得ないことが起きている。 私は死んでいる。
それなのに今、省吾と会話している。
しかも普通に。
壁一面に貼られた文字表とラップ音を使って。
普通じゃない。
絶対に普通じゃない。
なのに省吾は妙に落ち着いていた。
驚いていないわけじゃない。
ちゃんと驚いている。
でも受け入れるのが早い。
さすがオカルトライターというべきか。
それとも。
五年間追い続けた事件の手掛かりが目の前に現れたからだろうか。
たぶん省吾は期待している。
私のこと。
事件のこと。
朝倉家に何が起きたのか。
真相を知りたいのだ。
それは好奇心もあるだろう。
でも根っこにあるのは仕事だ。
そう思っている。
そう思わなければいけない気もする。
だって。
省吾は私のことを知りたいと言った。
でも本当にそうなんだろうか。
結局は事件のためじゃないのか。
省吾は私という存在を通じて、架純さんを見ているんだ。
そう思っている。
そう考えるとなぜだか胸がもやもやした。
嫉妬ではない。
たぶん。
でも上手く言葉にできない。
私は気持ちを振り払う。
今はいい。
せっかく話せるようになったんだから。
今くらいは会話を楽しみたい。
模造紙の前に座った省吾が腕を組む。
「いざ話せるとなると、何を話せばいいんだろうな」
私は思わず笑った。
女子高生相手に今さら怖気づいている。
そんな人に見えなかったのに。
しばらく悩んだ末、省吾が口を開く。
「趣味は何ですか?」
私は固まった。
そして呆れた。
お見合いか。
もっとあるでしょ。
聞くこと。
五年も閉じ込められていた幽霊相手なんだから。
なのに最初の質問が趣味。
私は思わず天井を見上げる。
趣味。
趣味か。
改めて考えると難しい。
アイドルは好きだった。
テレビも見ていた。
ライブ映像を何度も見返したりもした。
でも趣味と言われると違う。
あれは生活だった。
息をするように好きだったものだ。
しばらく考えてからラップ音を鳴らす。
ピシッ。
ピシーッ。
省吾が慌てて表を見る。
ピシッ。
ピシッ。
ピシーッ。
一文字ごとに指を追いながら読み取っていく。
まだ少したどたどしい。
その様子が妙に面白かった。
「えっと……な」
さらに音を鳴らす。
「い」
最後の一文字。
「よ」
省吾が顔を上げる。
「ないよ?」
私は頷く。
趣味らしい趣味はない。
省吾は苦笑した。
「そうなんだ」
今度は私の番だった。
すぐ音を鳴らす。
ピシッ。
ピシーッ。
ピシーッ。
ピシッ。
省吾が必死に追いかける。
「あなたは?」
「飲み込み早いな」
当然だ。
私は現代っ子である。
たぶん。
死んだのは五年前だけど。
省吾は文字表とにらめっこしながら答える。
「僕?」
少し考える。
そして首を傾げた。
「僕も無趣味かな」
私は即座に音を鳴らした。
知ってる。
その返信に省吾が笑う。
「やっぱり?」
ここへ来てから何度も見ていた。
仕事。
仕事。
また仕事。
原稿。
資料。
調査。
そんな姿ばかりだ。
趣味らしいことなんて見たことがない。
それから私たちは色々な話をした。
好きな食べ物。
嫌いな食べ物。
学校。
仕事。
近所の店。
他愛もない話ばかりだった。
だけど楽しかった。
何年も誰とも話せなかったのだ。
話題なんて何でもいい。
ただ返事が返ってくる。
それだけで十分だった。
気付けば私ばかり質問していた。
「好きな映画は?」
「最近見てないな」
「友達いる?」
「失礼だな」
「恋人は?」
「いない」
音を鳴らすたびに省吾が苦戦する。
その姿を見ていると面白かった。
最初は会話だったはずなのに、今ではほとんど私が尋問している。
これじゃ意味がない。
私は少し不満になった。
もっと聞いてほしい。
私のことを。
そう思った。
だから音を鳴らす。
「ほら」
省吾が文字を追う。
「もっと」
さらに音。
「きけ」
読み終わった瞬間、省吾が声を上げた。
「圧が強いな」
私は笑う。
会話ができる。
笑い合える。
それだけで十分なはずなのに。
なぜだろう。
もっと話したい。
もっと知ってほしい。
そんな欲張りな気持ちがどんどん膨らんでいた。
その時だった。
ちゃぶ台の上でスマホが震える。
着信。
省吾が画面を見る。
私も反射的に覗き込んだ。
白石。
表示された名前を見て省吾が電話に出る。
「もしもし」
『ニュース!』
開口一番だった。
『ニュース見て!』
慌てた声が飛び込んでくる。
「ニュース?」
『今すぐ!』
「テレビないんだけど」
『あ』
一瞬黙る。
『そうだったわね』
省吾が苦笑した。
『リンク送るから!』
電話が切れる。
すぐに通知音。
メールが届く。
省吾がメールを開く。
当然のように私も隣から覗く。
リンク先を開く。
ニュース動画が再生された。
キャスターの声が部屋に流れる。
『〇月〇日に発生した強盗事件で逮捕された男が、五年前の黒瀬町朝倉家事件にも関与している可能性があることが──』
私は息を止めた。
省吾も固まる。
『警察は余罪についても捜査を進めています』
頭が真っ白になった。
関与。
その言葉が何度も頭の中で反響する。
犯人。
事件。
朝倉家。
私。
五年間動かなかったものが。
突然動き出した。
事件が解決する。
いや。
まだ分からない。
関与しただけかもしれない。
別件かもしれない。
でも。
少なくとも前進だ。
大きな前進だった。
省吾が立ち上がる。
目を輝かせながら振り返る。
「事件が解決するかもしれない!」
その顔は本気で嬉しそうだった。
私は胸の奥が少しだけ痛んだ。
違う。
後ろじゃない。
私は今、ここにいる。
急いで音を鳴らす。
こっちだ。
今。
ここだ。
伝わって。
必死に音を重ねる。
省吾の視線が音を追う。
そして。
ゆっくりと私のいる方へ顔を向けた。
私は息を呑んだ。
ほんの少しだけ。
本当に私を見つけてくれた気がした。
省吾が両腕を広げる。
そして私を抱きしめようとした。
嬉しかった。
とても。
だけど。
その腕はむなしく空を切る。
私はここにいるのに。
触れられない。
抱きしめられない。
省吾は気まずそうに苦笑した。
私は笑えなかった。
事件なんかより。
今は。
もっと話したいのに。
#第7回テノコン
ラキルミユハミ
113
都築七美
360
#ファンタジー
コメント
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うわああ第14話読んだよピデピーさん!!😭💕 趣味「ないよ」からの質問攻め、省吾さん必死に文字追う姿にほっこりしたのに…「もっと聞いてほしい」って願う主人公の切なさが刺さる。ニュースで事件が動き出して省吾の目がキラキラしちゃう瞬間、主人公の「こっち見て」って気持ちが痛いほど伝わってきてもう…触れられないもどかしさに胸がぎゅってなったよ。事件より今一緒に話したいんだね、その感情が尊すぎる…次が気になって仕方ない!!🌸✨