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私の部屋は何もない。最低限の服と学校の鞄たちくらいだ。この家を譲ってもらった時とほとんど変わらない。ご飯はコンビニで済ますのがほとんどだったし、何もなせいで真っ白な壁がより際立つ。玄関前の廊下で座り込んでいる私はようやく覚悟を決めた。こんな終りは私以外は望んでいないのかもしれない。もしそうならその事実が私の名誉だ。誰にも恨まれず憎まれないで終えることができるならそれも倖せの一つ。私は涙で歪んだ花を口に運んだ。そして蝕んだ。口の中に広がる香りが体中巡るのがよくわかる。喉が焼けるように熱い。そういう錯覚だろうか。全身麻痺し始めて、意識が飛びかけた。力が抜けて倒れ込んだけれど、何とか「Y .A」の文字を涙で滲ませた。口の中で溶けたチョコレートを指に纏って文字の上をなぞって読めなくした。倖せな終り。 気を失った時10年前を思い出した。10年前女性は本当に男性に殺されたのか。男性は殺したくて殺したのか。もし違うというなら、それは二人だけの秘密で良い。世間に広まったものは嘘で、その嘘は批判されようがどうでもいい。二人の秘密だけが二人の中だけに在ればそれでいい。私が一人で終ることを願ったように。二人にもそれぞれの願いがあったなら。誰も知らなくていい。もし本当の真実が広められても二人の心の内なんか二人しか知らないんだから。走馬灯は見なかった。ただ普段通りに頭の中でどうしようもないことを考えていた。だけど誰もそんなこと知らない。私が由崎を好いていたことも、誰も。清々しい気持ちだ。全てが終る。自分が終る。あの時感じた哀しみも今終る。動かない重い体で私はどれくらい息をしただろう。自分の脈の音でいつも部屋に響く時計の針の音が聞こえない。あぁ、なんて滑稽な人生。笑っちゃうようなそんな人生。私がいない世界はどんな風になるのか、いや、私一人で変わることなんてないんだろう。死に際のくせによく頭が回る。いよいよ呼吸ができなくなってきた。由崎は私が死んだって知ったらどんな顔をするんだろう。悲しむのかな。でも生きていってほしいな。たとえば、そこに私がいなくても。知ってるのだろうか、由崎は。私たちの名前を続けて読めば単語ができること。私たちが出会うことも、私が君に恋情を抱くことも全部、必然だったのかもしれない。なんて、私らしくもないことを考えて、私は、私らしくもない笑顔を浮かべて静かに終ったのだ。