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ノアを召喚した次の日、つまり、昨日の今日で本当にレーナの家に住むことになったノアは、金髪赤眼という淫魔の象徴である色をしているので、彼の魔力で変えることにした。ノアにとっては外見を変えることはとても簡単らしく、パパっと魔力で黒髪黒眼になった。 ノアは人間界の通貨を持っていないので、レインの店番をする代わりに少ないながらもお給料をもらうことにした。
レインもタダ働きをさせるつもりはなかったそうなので、お互い納得した上での雇用と住み込みになったのだった。
ノアはレーナのそばに居られたらそれでいいのだが、レインの提案した金額に最初は納得していなさそうな顔をさせる。
しかし、小じんまりとした店で出せる金額の中でもかなりもらえる方なのではないかと思い直し、頷いたのだ。
レーナとレインは店番をしつつ、ノアに接客と金銭のやり取りを教えた。
そして、一通りノアが仕事を覚えたことを確認すると、二人は店の奥にある部屋に引っ込み、錬金や薬草の調合で魔道具や薬を作り、店番はノアに任せた。
レーナはポンコツ魔女ではあるが運だけはいいので、錬金と薬の調合はほぼ失敗したことがなかった。薬草などを入れるタイミングをなんとなく身体で覚えているレーナは、召喚魔法の次に錬金と調合が得意だったのだ。
一方ノアは悪魔なので彼が錬金や調合をしたりすると、魔道具や薬草はより強固なものになり質も格段に上がった。
しかし、今までより質のいいものを売ったとなれば何かあったのかもしれないと勘繰られるので、ノアには店番だけをさせることにしたのだった。
この世界は基本的に魔道具を使って生活しており、魔女が魔道具を作ることで生活の質が上がるのだ。明かりを灯すライト、お風呂を沸かす石、シャワーになるホースなど、様々な魔道具を作るのが魔女の仕事だった。
魔女といっても全てが女であるとは限らず、錬金したり調合できる者はみな一様に魔女と呼ばれるのがこの国のしきたりになっていた。
魔女は立派な職業の一つなので、素質のある子どもはみな魔女に憧れる時期がある。レーナもそのうちの一人で、どうにかこうにか二年前に卒業できたことを誇りに思っている。
だからこそ、一人前になりたくてノアを召喚したのだ。一人前の魔女ともなれば、中級クラスの魔族と契約をして、一時的に彼らの力を使うことができるからだ。
ポンコツだが超一流の悪魔である淫魔ノアを召喚することができたのも、「底抜けに運のいいレーナだからできたんだろうね」とレインは言った。
逆に主従を握られお手つきにされるというオチではあるが、「ノアじゃなかったら、今頃何されている分からない」とまで言われたので、レーナは己の運のよさに感謝したのだった。
レインの店は村随一の魔女が商いをしていることもあって、それなりに繁盛していたのだが、店番をノアにバトンタッチしてから明らかに客層が変わったのが店の奥にいても分かったレーナとレインは、お互い目を合わせてため息をついた。
「あれ、絶対ノア効果だよね」
「私の店が違う意味で人気になりそうだよ」
「それはあるかも……」
二人は苦笑しながら錬金と調合に励んだ。店番はノアがしっかりやってくれているようなので、ここぞとばかりにたくさん魔道具と薬を作っておいた。
なんせあの美丈夫が店番をしているのだ、魔女の店に用はなくても何かしらの接点を設けようと商品を買っていく客の姿が目に浮かぶ。
せっせと作業に勤しむレーナとレインは作業が一通り終わったので、一旦昼休憩を取り店の前にはクローズドの看板を立てておいた。そうてなもしなければ昼休憩もろくに取れないとレインが判断したからだ。
昼食はレーナが作ったごろごろとした野菜スープと、村のパン屋で買ったパンをテーブルに並べる。
普段王宮勤めの料理人が作るものを食べているノアだが、愛するレーナの手料理とあらば食べないという選択肢はなかった。
「いただきます」
「なあに、それ」
ノアはレーナとレインの謎の挨拶を不思議に思い、ぽろっと言葉として出ていた。レーナは「魔界は食事の前に挨拶しないの?」と尋ねられたので、「そんなのないわ」と素直に答える。
すると、レインがいただきますについて教えてくれた。
いただきますというのは、命をいただくことに感謝するお祈りのようなもので、命をありがたく頂戴するという意味を込めて「いただきます」と言うのだそうだ。
「じゃあ、アタシも。いただきます」
「悪魔が感謝を示すところを見られるだなんてねえ。長生きはするもんだ」
「なに言ってるの、おばあちゃん! ずっと元気でいてね、私とノアがそばにいるから」
ノアとレインの秘密裏に交わされた約束など知らないであろうレーナは、何気なく言ったにすぎないのだろう。
だが、レインが生きている間は人間ごっこを続けるつもりでいるノアは、家族思いのレーナに少なからず嫉妬した。
なんだか腹が立ってきて、ノアはレーナの鼻をきゅっと摘んだ。
「いたっ! もう、いきなり何するの?」
レーナは怒ると吊り目がちな目が猫のようになって可愛いのだ。魔界にも愛玩動物として猫はいるが、こんなに可愛い猫は見たことがなかった。恋は盲目である。
「レーナが悪いのよ」
「私、何かした?」
「してないから怒ってるの」
「ええ、怒ってるの!? ……理由は分からないけど、ごめんなさい」
しゅんと項垂れるレーナを見て、彼女が今考えているのはノアが怒っていることで、おつむの弱いレーナの頭の中は完全にノアのことでいっぱいになっているのだろうとノアは内心ほくそ笑む。ただひたすらにノアのことだけを考えさせているのが嬉しかったのだ。
それだけで機嫌がよくなるとは随分安くなったものだとノアは自嘲するが、やはり大好きなレーナには敵わないのだ。
「もういいわ、こちらこそ急に鼻をつまんでごめんなさいね」
「ノア、怒ってない?」
「ええ、もう怒ってないわ、レーナちゃん」
「ノアが『レーナちゃん』って言う時はからかってるんだって私知ってるんだからね」
昨日の今日でよくもまあここまで打ち解けて会話ができるものだと、ある意味感心しながらもくもく食事を続けていたレインはバカップルに「早く食べないと冷めちまうよ」と言った。
それもそうだと二人はいちゃつくのをやめて、食事を再開する。
「このスープ、野菜がごろごろしていて美味しいわ」
「本当? 私、料理は得意なの。だから、美味しいって言ってもらえるのがすごく嬉しい」
レーナは基本的に笑顔を浮かべているが、今のような花が綻ぶようなとろける笑顔は初めて見たノアは、あまりの可愛らしさにレインがいることも忘れてキスをしようとした。
しかし、レインが二人の間に手を挟んだので、危うくレインの手にキスをするところだったノアは「うっ」と失礼ながらもえずいた。
さすがにこれにはレインも憤怒し、「アンタは本当に失礼なやつだねえ!」と怒りを露わにした。
それを見てくすくす笑うのはレーナで、彼女が笑っているのならもう何でもいいわとノアは大人しく席に座った。
午後も店を開いたが想定より人が多くなったので、レインはレーナにも店番をさせることにした。
慣れているレーナが接客した方が早いし、どちらかというと冷やかしの方が多かったので、そちらはノアに任せて本当に用がある人はレーナが担当し店を回した。
夜も遅くなり店を閉じた三人はくたくたになりながらも、どうにか食事をしてそれぞれ湯浴みをする。
万が一のことを考えて、レーナは毛の処理をしたり丁寧に身体を磨いたので、いつもより時間がかかってしまった。これではまるで期待しているみたいで恥ずかしいのではないか。いや、そんなことはないとレーナは頭を振り、急いで身体の水分を拭き取って浴室から出た。
レーナの後にすぐ入浴したノアは長風呂タイプのようで、レーナより若干長く身体を綺麗にしているようだった。
レーナはそわそわしながらノアが出てくるのを待っていた。髪を乾かす魔道具で念入りに髪を乾かしオイルも付けてサラサラになり、指通りがよくなりふんわりといい香りがした。それに満足したレーナは「よし」と一人つぶやく。
そこで、ノアがノックをして入室の許可を取る。レーナは「どうぞ」とノアの入室を促した。
「あら、待たせたかしら? ごめんなさいね」
そう言ってレーナの隣にやってきたノアは、自分と同じ香りがすることに気づきどうしようもなく恥ずかしくなり、赤面する。
それに気づいたノアは「ふふ、可愛い」と頬にキスをした。
ノアはレーナの部屋に結界を張った。それは、淫魔族の愛情表現の一つである性行為をするためである。淫魔も普通に食事をするが、性行為は極上の食事かつ愛情表現の一つなのだ。
淫魔と一度でも性行為をするとその気持ちよさに病みつきになり、狂ってしまう人間がいるほどであった。
だから、『淫魔』の召喚は基本的に禁じられているが、お手つきになったレーナや人間に成す術はなく、やってしまったことは仕方ないよねで終わらせることになったのだ。
レインは昔と変わらず元気で現役の魔女かつ村随一の優秀さを誇ることから、町外れにある教会の神父も認めた、というより認めざるを得ない状況なので、そうなったのである。
「さあ、今日から少しずつ慣らしていきましょうね」
にっこりと笑うノアが怖い。嫌悪感はないのだが、これからすることはレーナにとって全て初めてのことだらけなのだ。
「ちなみに、拒否権は……?」
「ないわよ」
バッサリと切り捨てられて、レーナは腹を括ることにした。女は度胸である。
「そうですよね、すみません」
「分かればよろしい。ほら、目を閉じて」
「うん……」
レーナが目を閉じると、ノアは優しく唇に触れるだけのキスを繰り返した。何度も押し当てられる唇の感触にレーナは心臓がドキドキして、ドクドクと脈打つ鼓動の音がよく聞こえた。
今度は啄むようなキスをして、ノアはレーナの柔らかい唇を堪能する。知らずのうちに呼気が上がり、はあはあと息苦しくなる。それに気づいたノアは一度唇を離してくれた。
「鼻で息をするの、分かった?」
「わ、分かった」
アドバイスを受けたレーナは小さく頷く。
すると、次は思ってもみないことを要求された。
「ねえ、今度はディープキスがしたいわ。レーナ、舌を出して」
「でぃ!?」
ディープキス。それは、深いキスのことで、舌を擦り合わせたり口の中を好き勝手に愛撫する、いわば大人のキスだ。昨日ファーストキスをしたレーナにとってあまりにもハードルが高すぎる。
でも、その、と言葉にならないことを言っていると、痺れを切らしたノアに「レーナ」と名前を呼ばれた。
「ほら、舌を出す」
「は、はい」
絶対的なノアに逆らえないレーナは大人しく従うことしかできないので、「べ」と舌を出す。同じく舌を出したノアに絡め取られ、舌同士をすり合わせる。ざらざらとした感覚がくすぐったいようで、どこか気持ちよかった。
「口開けて」
「んぅ……」
口を開けたレーナの中にぬるりと熱い舌が忍び込む。歯列をなぞり、舌を吸った。
こんなに激しいのに頭がふわふわしてもっともっと、ねだるようにレーナはノアの首に抱きついた。
「レーナ……!」
レーナから初めて求められたことが嬉しくて、ノアは何度も何度も口付けを重ねた。それが至上の時間であるように感じ、淫魔なのにも関わらず大変心が満たされたノアは「今日のところはこれで勘弁してあげるわ」と最後にもう一度唇に触れるだけのキスをして、そっと身を離した。
「夜更かしは肌に悪いわ、そろそろ寝ましょう」
空き部屋がないので、レーナの簡素なベッドで二人寝ることになるのかも!? と思っていたが、ノアは意外と紳士だったようで、「毛布を一枚借りるわね」と言ったかと思えば、床に毛布を敷いてそのまま眠ろうとしていた。
「ノア!? それじゃ身体が痛くなるよ!?」
「そんなに小さいベッドで大人が二人寝たら、それこそ身体が痛くなるわ。アタシ、レーナには優しくしたいの。アタシの気持ちを汲んでくれる?」
悪魔のくせに信じられないくらい優しさを見せるノアに、レーナは少しずつ絆されている。それに気づかないレーナは悪魔──ノア──の思うがまま、いずれ遠くない未来においしくいただかれるのだ。
「……じゃあ、明日はお布団買いに行こう? それで、私の隣で眠ればいいと思うの」
「そうね、それがいいわ。アタシは人間界の通貨を持っていないから、レインに前借りするしかないわね」
変なところで真面目なノアは、お金がないから前借りすると言い出した。それは、レインから先にお金を借りることで、きちんと働いて返すと言っているのだ。レーナのベッドがシングルサイズで大人二人が眠るには窮屈であるがために、ノアは自分用に買おうとしている。
それがなんだか申し訳なく思うレーナは「私が払うわ!」と言うが、ノアは首を横に振り「だめよ」と返した。
「男のメンツを立たせてちょうだい。アタシだって好きな女の子にはかっこいいと思われたいの」
レーナが想像していたよりずっと、ノアは人間界で生きていくことをきちんと考えているようで、それがなんだか嬉しくなったレーナはこくんと頷いた。
男のメンツとノアは言うが、それは大人として立派なセリフだと思ったレーナは一歳違いのノアがひどく大人びて見えた。
それがなんだかもどかしくもあり、嬉しくもある。この気持ちはなんなんだろうとレーナは内心首を傾げた。いつか分かる時がくるかもしれないと、ノアとの未来に想いを馳せる。
「うん、分かった。ノアの気持ちを汲むね」
「ありがとう、愛しのレーナちゃん。じゃあ、そろそろ寝ましょうね。おやすみ、レーナ」
「おやすみなさい、ノア」
一日動き回りくたくたになっていたレーナはすぐに眠りに落ちた。そんな彼女を労うようにノアは「お疲れ様」と言って、レーナの額に優しくキスをした。
ノアも毛布に戻り目を閉じる。人間界も意外と悪くないなと思いながら、今日一日のレーナのことを思い出しているうちにうとうとしだし、やがて眠りについた。