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#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
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私たちは父が運転する車で、柚乃が運ばれたという病院に向かった。その道中、父は私と母に、警察から聞いたという事故の状況を、時折声を詰まらせながら話して聞かせる。
「酒屋に向かう途中の交差点で事故に遭ったらしい。歩行者側の信号が青になったっていうんで、柚乃は横断歩道を渡っていたようなんだが、前方の右折レーン側から一台の車が減速しないまま突っ込んで来た。飲酒運転だったそうだ……」
母の泣き声が静かに響く。
私も母と一緒になって泣いてしまいたかった。けれど、泣いてしまったら助かるものも助からなくなってしまうような気がした。だから、柚乃は大丈夫だと自分に言い聞かせながら、涙をぐっとこらえ続けた。
病院に着いた私たちは、柚乃がいるはずの治療室に急いだ。途中のナースステーションで名を告げる。すぐに、同じ階にある別室に案内された。
しばらく待っていると、柚乃の治療を担当したという医師がやって来た。私たちに軽く会釈してから話し出す。
「車がぶつかった時の衝撃で地面にたたきつけられて、頭蓋骨は骨折し、脳内には相当量の出血がありました。手は尽くしましたが、残念ながら回復するかどうかは非常に難しい状態です……」
医師の非情な説明を受けても、私たちは柚乃の回復を祈り、願うことをやめなかった。柚乃の意識が戻ったという言葉を持って、医師が再び姿を現すのを待った。
けれど、日付が変わり、夜明けを待たずに、柚乃は静かに逝ってしまった。
まるで、悪い夢の中に取り込まれてしまったかのようだった。数時間前までは確かに私の目の前にいて両親に笑顔を見せていたのにと、柚乃の突然の死を受け止められずにいた。
その後は忙しなく時間が過ぎた。
戸崎が泣き腫らした目でやって来たのは、そろそろ通夜が散会となるタイミングだった。
線香の煙が立ち上る前で、横たえられた柚乃に向かって手を合わせた後、彼は涙がにじんだ目を父と母に向けた。
「顔、見てもいいですか」
「もちろんよ。見てあげて。すごく綺麗にお化粧してもらったのよ」
母は涙声で言いながら柚乃の枕元に寄って行き、顔を覆っていた白い布をそっと取り払った。もう二度と言葉を返すことのない柚乃に優しく話しかける。
「柚乃、恭一君が来てくれたわよ」
戸崎は母の隣から柚乃の顔をのぞき込んだ。
「綺麗でしょ?」
「……はい、本当に」
答える戸崎の声は震えていた。
「恭一君、来てくれてありがとう。きっと、柚乃はすごく喜んでるわ」
母に言葉をかけられたことで、それまで耐えていたものが崩れてしまったのか。戸崎の目からぽたぽたと涙が落ち、彼の膝を濡らした。
すすり泣く彼の背中を母は撫でる。
「明日が最後のお別れになるわ。もしも都合がつくようなら顔を出してちょうだいね」
「はい……」
戸崎は頷き、名残惜しそうに柚乃の顔をしばらく眺めていた。しかし、母が再び柚乃の顔を布で覆ったのをきっかけにして、気持ちを吹っ切るようにして座布団から降りた。両親に深々とお辞儀をし、その場を辞すために立ち上がる。その時、私の上で視線を止めた彼が、驚いたように目を見開いた。
「柚乃……」
つぶやいてすぐ、戸崎は悲しい顔をし、視線を逸らした。
恐らく彼は、私の姿に柚乃を重ねたのだ。思えばここに来てからの彼は、柚乃の遺影と白い布団の中の柚乃だけを見ていた。一度も私を見なかった。柚乃は彼にとっての唯一の女性だったことを、改めて思い知らされたのだ。
戸崎の様子を気にかけて、父が声をかける。
「恭一君、大丈夫か?」
「大丈夫です」
戸崎は再び私たちに頭を下げた後、玄関の方へ足を向け、去って行った。
通夜はそれからほどなくして散会となった。
弔問に訪れた近所の知人や柚乃の友人などが皆帰って行った後、母が私の傍にやって来た。
「詩乃、少し眠ったら?」
「お父さんとお母さんが寝て来て。二人が一番大変なんだもの」
両親は目の下を落ちくぼませている。両親の仮眠が先だ。
「私は柚乃の傍にいるよ。眠くなったらここで寝るし」
「……そう?じゃあ、ごめんね。お母さんたち、ちょっとだけ休ませてもらうわ。何かあったら、起こしてね」
「分かった。おやすみなさい」
両親が寝室に行ってしまった後、私は改めて柚乃の枕元に座った。白い布を外し、冷たいその頬にそっと触れながらつぶやく。
「余計なことを考えたりしないで、素直に全部話せば良かった……」
柚乃は、ただ眠っているようにしか見えなかった。今にも長いまつげをばさりと持ち上げて目をぱちりと開け、ふっくらとしたその唇を動かして、話しかけてきそうだ。けれど、その鼓動はすでに止まり、呼吸のために胸が上下することはないのだ。
「柚乃が笑った顔、もう見られないんだね……」
こんなことなら、もっと早く柚乃の恋を祝福すればよかった。そうすれば、私の記憶に残る柚乃の最後の顔は、屈託のない明るい笑顔だったはずだ。
報われないことが分かっている恋などさっさと捨ててしまえば良かったのに、そうしなかったことがひどく後悔され、どうしようもなく胸が苦しい。
その時インターホンが鳴って、はっとする。
遅い弔問客でもあろうかと、私はモニターを確かめるためにのろのろと立ち上がった。
そこに映っていたのは碧斗だった。
彼だと知った途端に涙がぽろりとこぼれた。まるで兄妹のように近しく親しい幼なじみが来てくれたことで、それまでどこか張り詰めていた気持ちが緩んだのかもしれない。
私は涙を拭い、玄関に向かった。早速碧斗を迎え入れ、小声で告げる。
「お父さんとお母さん、今、仮眠を取ってるところなの」
碧斗は声を潜め、すまなさそうな顔をする。
「バタバタしてるだろうって思ったから、少し落ち着いた頃に来ようと思ったんだ。ちょっと遅すぎたよな。ごめん」
「うぅん、全然。来てくれてありがとう。柚乃に会ってやって」
線香の匂いが満ちた部屋に入った碧斗は柚乃の前に座り、手を合わせた。
「碧斗、柚乃の顔、見てあげて」
「あぁ……」
碧斗は柚乃の枕元に座り直し、白い布をずらした。吐息のような声でつぶやく。
「死んだなんて思えない顔してるな」
「本当だよね。だから全然信じられないの。悪い夢を見てるんじゃないかって。柚乃が私を一人にして、先にいなくなっちゃうはずがないって。だって、昨日の夕方まで一緒にいたんだよ」
碧斗は柚乃の顔を再び布で覆ってから、私の傍までやって来て腰を下ろした。ただ黙って私を見つめている。
「これからまだまだ楽しいことも嬉しいことも、幸せなこともたくさん待っていたはずなの。もっと一緒に過ごせたはずなの。それなのに、もう……」
話しているうちに涙があふれてきて、それが止まらなくなる。ハンカチを取り出して涙を拭こうとしたが、碧斗にその手を止められた。
「泣きたいだけ泣けばいい。生まれる前から一緒だった片割れがいなくなったんだ。悲しいのは当たり前なんだから」
見返した碧斗も泣いていた。
「俺にとっても柚乃は大事な人だった。姉のような妹のような、さ。こんなに早く逝っちまうなんて、悲しいし悔しいよ」
碧斗は言いながら私の頭に手を伸ばした。
「碧斗?」
涙声で問いかけたが、その時にはすでに、私は碧斗の胸の中だった。
「泣くならここで泣きな。今日だけじゃなくいつだって、泣きたい時は俺の胸を貸してやるよ」
私は頷く代わりに、碧斗の胸に額をくっつけた。そこから感じる温かさに柚乃の温もりを思い出してしまい、ますます涙が止まらなくなった。
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