関西空港に到着すると、彼は24時間体制のパーキングに駐車してある、ブラックで大きなジープ型のメルセデスベンツ
(ゲレンデヴァーゲン)のキーを、ポケットから出しリモコンを押した
すると他の車よりも車高が高く、圧倒的な存在感があるベンツは、主人の帰りを待っていたかのように2回ハザードランプを光らせて、自分の居場所を知らせた
コックピットの中のような内装の車の助手席に乗って、アリスは横で運転する北斗を不思議な気持ちで見つめた
いかにもこの車は彼に似合っている
見栄っ張りの鬼龍院の、雨の日には車が汚れるから乗らないシルバーのポルシェと大違いだった
「ん?」
流れていく高速道路のライトに照らされて、彼の顔がオレンジ色になる
いったいどうしてこんなことになってしまっているのだろう。アリスはなんだかおかしくなった
ほんの4週間前には、自分は鬼龍院と結婚するとウエディングドレスの仮縫いの予約をしていた・・・
今は関西空港から淡路島へ、夫になろうとしている良く知りもしない人と向かっている
それでもこんなにドキドキしている、今夜はどこに泊まるのだろう日本に着いたけどここから先のプランは彼は考えているのだろうか?
「うん?」
見られていることを感じた彼は、前を見ながら片手を伸ばしアリスの手を包んだ
大きくて指がごつごつしていて、それでいてとてもあたたかい手の指の甲には、黒い産毛が生えている
ほんの一二度触られた鬼龍院の手は薄く、指は細長くつるんとして貴族的だった
アリスに講釈をたれる時の手の動きを思い出して、あまりの違いにまた笑いそうになった
「俺が怖いか?」
緊張した面持ちで彼がアリスに言った
「いいえ・・・・ 」
アリスは微笑んでそう言った
「俺は怖い 」
「まぁ!」
情けない顔をする彼に思わず笑ってしまった
アリスの笑い声に気を良くしたのか、彼も優しく微笑んだ
「だから君の手を握っている俺の手が震えないように・・・・」
信じられなかったけどぎゅっと手を握られたので、アリスも無言で握り返した、すると彼は優しく親指で手の甲を撫でてくれた
ほら・・・もうアリスは彼にこうされるのが好きになっている
彼は器用に片手はアリスの手を握って、もう一方の片手でスイスイ運転している
空調の暖かな空気と芳香剤の良い匂い、R&Bのサウンドミュージックが心地よい、ピアノを弾ける彼はどうやらクラッシック以外の音楽も聞くみたいだ
ふと高速の表示看板が後ろに流れて行ったのを見て、アリスが北斗に聞いた
「これから私達どうするの? 」
彼は優雅にアリスの手を掲げ、手の甲にキスをして言った
「結婚式をあげる 」
関西空港から車で移動して二時間ほど、エンジンが静かになる音でアリスは目が覚めた
眠っちゃってたんだ・・・・
私・・・
目を擦って周りを見てみると常緑樹木の中に車は停車していた
あたりは真っ暗で外灯もあまりないようだ
車内の時計を見ると、今は夜の11時過ぎ・・・・
結婚式を挙げると彼は言ったけど、こんな夜中にホテルでもチャペルでもないこんな所で?
色々考えを巡らせていると助手席のドアがバカンと開いた
「おいで 」
彼が手を貸してくれて車から降りた。柔らかい腐葉土にハイヒールの踵が沈む、アリスは心持ち、つま先立ちになって歩いた
一気に寒さに体が震える、すると彼が後部座席からアリスのダウンジャケットをとって着せてくれた
彼と手をつなぎ私道を歩いていく
目の前は和風の一軒の家のようだった、北斗は一軒の玄関先の呼び鈴を数回鳴らした
まぁ・・・こんな夜中に?無作法ではないかしら?
アリスが不思議に思っていると、引き戸式のガラスのドア越しに、玄関の電気がパっと点灯し辺りが明るくなった
ガラガラと引き戸が開いて、痩せたおでこの生え際が後退している男性が、水玉のパジャマ姿で現れた
「驚いた・・・本当に来たぞ・・・」
男性は驚いて目を見開いて、二人をマジマジ見つめた。そして少しなまりのある言葉で北斗に話しかけた
「来ると言ったじゃないか 」
北斗が不服そうに彼に言う
「俺は冗談だと思ったんだそれにもう夜中の11時だぜ!今夜は俺が子供達を寝かせる当番なんだ!」
そう男性が言うのと同時に、ひょこっと水色のパジャマを着た、小さな男の子が男性の左太もも辺りから出て来た
次に右太ももの辺りからは今度は、黄色のパジャマを来た男の子も現れ、次に青、緑、紫のパジャマを着た男の子が現れた
「ほくと!」
「ほくと!」
「ほくと!」
「ほくと!」
「ほくと!」
五つの顔が出そろった
「よう!坊主どもまだ寝てないのか?夜更かしはダメだぞ」
「お前が邪魔してるんだよ」
男性が腕を組んで笑った
北斗が順番にちびっこの頭を撫でている。すると彼らは北斗とアリスの周りを
「ほくと!」「ほくと!」と叫んでぐるぐる回り出した
アリスは思わずその可愛らしさと騒々しさに、声を上げて笑ってしまった
「そっくりで見分けがつかないわ」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!