テラーノベル
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鏡の前で服装チェックをすると、ダフネは人の流れに紛れるように自室を抜け出して、ペイン邸の裏口を目指す。
途中、使用人数名とすれ違ったけれど、誰もダフネを振り返らなかった。
(ほら。やっぱり大丈夫)
裏口を抜け、屋敷から少し離れた先。
街道沿いに、雇い馬車が並ぶ一角がある。
デビュタントの日には、こうした馬車がひっきりなしに出入りする。
仕立て屋へ向かう令嬢もいれば、使い走りの召使いもいる。
そういう人間を乗せるため、今日はいつもより雇い馬車の数が多い。
ダフネが一人で道端に立ってそんな馬車待ちをしていても、誰も気にも留めないでいてくれる。羽織っているコートが地味なお陰で、まさか屋敷内からライオール侯爵令嬢が抜け出してきているだなんて思う人間もいないみたいだ。
やがて一台の空き馬車を捕まえたダフネは、
「ウールウォード邸まで」
静かにそう告げて馬車へ乗り込んだ。御者は一瞬だけダフネのほうを見たけれど、何も言わずに頷いた。
運賃さえちゃんと支払えば、それで万事OK。
馬車に揺られながら、ダフネは小さく息を吐いた。
(……ランディリック様。私を甘く見すぎたことを後悔させてあげる)
先日、ペイン男爵を通じて、王城から正式にライオール侯爵家とダフネとの養子縁組が成立したと聞かされた。もう、ダフネはダフネ・エレノア・ウールウォードではなく、ダフネ・エレノア・ライオールだ。少々の無茶をしても、義父となったランディリック自身にも、そう簡単に王城の決定は覆せないだろう。
リリアンナを守るためだと言いながら、必要以上にリリアンナに過保護に接し、危険から遠ざけようとする。その〝危険〟の中に自分も含まれていることを知っているから、反発してみたくなった。
(リリアンナお義姉様はライオール家の養女じゃないはずよ!)
ダフネの認識が正しければ、ランディリックはリリアンナ伯爵令嬢の後見人に過ぎない。
なのに……正式にライオール家の娘となった自分より、リリアンナのほうが優遇されているように思える現状は、どうにも我慢ならないではないか。
ダフネはもう、リリアンナにとってただの従妹じゃない。
ある意味、以前より対等な立場に立った、姉妹だ。
ライオール家令嬢の義妹として、養い子に過ぎないリリアンナお義姉様に、新たな身分を明かしがてら、「ごきげんよう」の挨拶をする。
そのことは、筋が通ったことで……何ら間違っていないように思えた。
馬車が速度を落とす。
やがて、見慣れた門が視界に入った。
――ウールウォード邸。
ダフネは背筋を伸ばし、微笑みを整えた。
これからする挨拶が、リリアンナの心に消えない影を落とせばいいと願って――。
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