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#Vanity
ゆ
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ゆ
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城プル
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99
月明かりが、スポーン・カルトの粗末な寝床へと不気味な銀色の光を落としていた。
古びた木の壁。
軋む床。
粗末な寝台。
外では冷たい夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が絶え間なく響いている。
昼間、カルト信者たちに課せられた過酷な肉体労働。
土を掘り。
薪を運び。
意味の分からない儀式用の石を何時間も運搬し。
そして最後には「精神鍛錬」と称して、よく分からないポーズで一時間ほど立たされる。
そんな散々な一日を終えた信者たちは、すでに各々の寝床へと倒れ込んでいた。
静寂。
疲労。
そして、明日もまた何かしらの無茶苦茶な命令が待っているという、薄暗い絶望。
そんな夜だった。
ただし。
アズールの寝床だけは、どういうわけか。
別の意味で妙な熱気に包まれようとしていた。
「……うーん」
アズールは粗末なベッドの上で胡坐をかき、ランタンの淡い明かりを頼りに薬草を一枚ずつ選別していた。
乾燥させた葉。
茎。
根。
毒性のあるもの。
薬として使えるもの。
似たような見た目の草を一つずつ確認しながら、アズールは小さく欠伸をする。
「これは……保存用。こっちは煎じる。こっちは……」
そのときだった。
ふと。
背後に気配を感じた。
「……?」
アズールの手が止まる。
振り返る。
そこに。
立っていた。
ツータイムが。
灰色のローブ。
黒い指なし手袋。
そして、妙に深刻そうな顔。
何より。
右腕を左手で押さえながら、まるで今にも世界の終焉を告げる預言者のような表情をしている。
「……」
「……」
しばらく無言で見つめ合う二人。
アズールが首を傾げた。
「……どうしたの、ツータイム?」
「……」
「右腕痛いの?」
「……違う」
「じゃあ何?」
ツータイムはゆっくりと目を伏せた。
そして。
意味深に息を吐いた。
「……ふっ」
「……?」
「甘いな、アズール」
「何が?」
ツータイムは自分の右腕をさらに強く押さえた。
その表情は真剣そのものだった。
まるで今まさに世界の命運を左右する重大な秘密を告白しようとしているかのように。
「今……僕の右腕に宿りし、漆黒の封印されし業火が……」
「うん」
「……かつてないほどの狂乱を見せている」
「うん」
「このままでは……」
ツータイムの目が怪しく光る。
「僕の体温低下を契機として、内部に蓄積された熱量が暴走する可能性がある」
「うん」
「最悪の場合……」
一拍。
「このカルトの拠点どころか……」
さらに一拍。
「この世界そのものが……」
ツータイムは静かに右腕を掲げた。
「灰燼と化す」
「…………」
アズールは薬草を一枚、机の上に置いた。
「で?」
「…………」
ツータイムの動きが止まった。
「……で?」
「いや……だから……」
「うん」
「世界が……」
「うん」
「滅ぶ」
「それで?」
「…………」
ツータイムの眉間に、わずかな皺が寄る。
明らかに想定していた反応と違った。
「……君はもう少し危機感を持つべきだと思う」
「だって」
アズールは薬草を選別しながら、ちらりとツータイムを見る。
「君、今まで何回『世界が滅ぶ』って言った?」
「……」
「昨日も言ってたよね」
「それは別件だ」
「一昨日も」
「それも別件」
「その前の日も」
「……」
「ちなみに三日前は『月が落ちる』って言ってたよ」
「…………あれは本当に危なかった」
「月、普通にあったけど」
「結果的に僕が食い止めたからだ」
「はいはい」
アズールは苦笑する。
そして薬草を籠に戻した。
「で、今回は何?」
ツータイムはしばらく沈黙していた。
やがて。
観念したように目を逸らす。
「……つまりだ」
「うん」
「この冷徹で無慈悲な『ただの布団』で……」
「うん」
「僕が単身眠ることは……」
「うん」
「世界を滅亡の危機に晒すのと同義なのだ」
「…………」
アズールの眉がぴくりと動く。
嫌な予感がした。
ツータイムは真顔のまま続ける。
「そこで」
「そこで?」
「我が魂の片割れである君の温もりという名の……」
一瞬、間を置いて。
「『強力な結界』の中に、この身を一時的に封印する必要がある」
「…………」
「異論は認めない」
「…………」
「これは世界平和のための重大なミッションなのだよ」
沈黙。
三秒。
五秒。
十秒。
アズールは瞬きをした。
一度。
二度。
三度。
そして。
「…………は?」
ツータイムは真顔だった。
「だから、君の布団で一緒に寝る必要が――」
「ぶっ」
アズールの口元が震えた。
「…………」
「アズール?」
「……ちょっと待って」
「何だ」
「いや……」
肩が震える。
「……待って……」
「……?」
「世界平和のために……」
アズールの口元が完全に崩れた。
「僕の布団に潜り込みたいの……?」
「……そうだ」
「…………」
「非常に重要な任務だ」
「…………っ」
「アズール?」
「ふ……」
「……?」
「ふふっ……」
ツータイムの眉が動く。
そして。
「ははっ……!」
「……」
「はははははっ!!」
決壊した。
「ちょ、待って……!」
アズールは腹を抱えた。
「ははははっ! 無理、無理だって!」
「……」
「世界平和のために僕の布団貸してって……!」
「……」
「何それ!!」
ベッドの上でアズールがごろごろ転がる。
「最高すぎるでしょ……!」
「笑うな」
「だって……!」
「これは極めて重大な話だ」
「世界の命運が僕の布団にかかってるの!?」
「そうだ」
「ふはっ!」
「笑うなと言っている!」
「だってツータイムがそんな真顔で……!」
アズールは涙を拭った。
「『君の温もりという名の強力な結界』って……!」
「…………」
「そんなこと真顔で言う!?」
「必要だから言ったまでだ」
「かわいすぎるんだけど!」
「…………」
ツータイムの耳が赤くなる。
「……かわいくない」
「いや絶対かわいい」
「違う」
「はいはい、世界平和の英雄様」
「その呼び方はやめろ」
「漆黒の業火を鎮めるために!」
「……」
「僕の結界に入るんでしょ?」
「……」
「ほら、魔王様」
「魔王ではない」
「世界を救うんでしょ?」
「……そうだ」
「じゃあ早く入りなよ」
アズールは笑いながら毛布を持ち上げた。
ぽんぽん、と隣を叩く。
「ここ空いてるよ」
ツータイムは固まった。
「…………」
「どうしたの?」
「いや……」
「世界滅亡するんでしょ?」
「…………」
「早くしないと」
アズールがにやりと笑う。
「世界、灰になるよ?」
「……君は絶対に僕をからかっているだろう」
「うん」
即答だった。
「…………」
ツータイムは深々とため息をついた。
そして。
「……仕方ない」
いかにも不本意そうな顔をしながら。
しかし。
耳は真っ赤なまま。
ゆっくりと毛布の中へ滑り込んだ。
「……失礼する」
「どうぞ、世界の救世主様」
「……」
ツータイムが横になる。
すると。
冷たい夜気に晒されていた身体へ、アズールの体温がふわりと伝わってきた。
薬草の甘く青い香り。
暖かな毛布。
そしてすぐ隣にいる、愛しい相手の気配。
ツータイムは少しだけ目を細めた。
「…………暖かいな」
その声は。
先ほどまでの大仰な芝居とは比べ物にならないほど、素直だった。
アズールも小さく笑う。
「でしょ?」
「……うん」
「これなら世界滅亡は?」
「……しばらくは延期できそうだ」
「しばらく?」
「少なくとも今夜は」
「そっか」
アズールはくすっと笑った。
「じゃあ僕、世界救っちゃったね」
「……そうだな」
「すごい?」
「すごい」
「英雄?」
「英雄だ」
「ふふっ」
アズールは満足そうに笑った。
「じゃあ、英雄の隣で大人しく寝てください」
「……善処しよう」
「寝る気ないじゃん」
「いや、寝る」
「ほんと?」
「……君の隣なら」
その言葉に。
アズールの笑顔が少しだけ柔らかくなる。
先ほどまでの大爆笑とは違う。
静かな笑顔だった。
「……そっか」
外では、冷たい風が吹いている。
スポーン・カルトという場所そのものが持つ、不穏な空気も消えたわけではない。
明日になれば。
また過酷な労働が待っている。
命令も。
危険も。
不安も。
きっと何一つなくなってはいない。
それでも。
今だけは。
二人の間にある小さな毛布が、世界のすべてから二人を切り離してくれていた。
アズールが目を閉じる。
「……おやすみ、ツータイム」
「おやすみ、アズール」
少しの沈黙。
そして。
「……アズール」
「ん?」
「……その」
「何?」
「……もう少し、近くてもいいか」
アズールは一瞬だけ目を開けた。
そして。
「……ふふっ」
また笑う。
「いいよ」
ツータイムが少しだけ距離を詰める。
二人の体温が重なる。
「これで封印は完了?」
「……ああ」
「漆黒の業火は?」
「完全に鎮まった」
「世界は?」
「救われた」
「そっか」
アズールは満足そうに目を閉じた。
「じゃあ寝よっか」
「ああ」
その夜。
スポーン・カルトの粗末な寝床の片隅で。
世界の命運を背負った『重大な封印儀式』は、無事に成功した。
なお。
その実態は。
ただ恋人同士が一つの毛布に入って寝ただけである。
そして翌朝。
「……ツータイム」
「何だ」
「僕の布団、半分以上取ってる」
「…………」
「これ、世界平和どころか僕が寒さで死ぬんだけど」
「……」
「ねえ、救世主様?」
「……世界は救われた」
「僕は救われてないよ!?」
粗末な寝床に。
朝からアズールのツッコミが響き渡った。
どうやら。
世界平和には、まだまだ課題が残されているらしい。
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