テラーノベル
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高い場所を、不安定な足場で歩いていると当然怖いのだが、周りは緑に囲まれ、新鮮な空気を胸一杯に含んでいると、生まれ変わったような心地になる。
いつもマンションの自室に籠もってダラダラと映画を見たり、ピンセットやニッパー片手にチマチマとプラモデルを作っている自分なら、まず身を置かない環境だ。
(外に出るっていいな)
汗を掻くのを嫌って、夏場はなるべくクーラーの効いた室内にいようとしている自分が、木々に囲まれているとはいえ、陽光を浴びて屋外で大きな声を上げている。
ちょっとだけ足を引っかける場所がある棒に捕まって空中移動したり、座る所が極端に細いブランコみたいな足場が、ジグザグに斜めになっている場所を渡り、腕がブルブル震える。
エミリって凄いなと思うのは、アスレチック慣れしているのか、『こわーい!』と言いながらスイスイ進んでいる事だ。
最後はジップラインに乗って空中をブワーッと滑走し、木のチップが敷き詰められたゴールに、尻から着地する。
『お疲れ~!』
先に到着していたエミリが俺に手を差しだし、『格好悪い』と思いながらも、『ありがと』と彼女の手を握って立ちあがった。
『次に来る人の邪魔になるから、移動しましょうか』
彼女は俺の手を握り、先を歩いて行く。
不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。
今までずっと『長男だから』『篠宮ホールディングスの御曹司だから』と自分に言い聞かせ、女性と付き合う時も彼女たちが求める理想を演じ続けてきたし、リードした。
本来の自分はもっと面倒くさがりで、融通の利かない部分もあるし、人の感情の機微に敏感なようでいて、本当はもっと鈍感でいたかった。
『察してほしい』という顔をしている人を見ても、『今の俺には抱えられない』と素通りしたかった。
でも、母を怒らせないように、周りから『さすが風磨くんね』と言われるために、何でも一番でいなければと思って頑張り、格好付けてきた。
なのに今の俺は、好きな女性の前で尻に土を付けて転んでいる。
あまつさえ、エミリに手を引かれて立たされ、グイグイと次の場所へ連れて行かれてる。
(……これでいいのか? 呆れられない?)
不安に思った俺は、歩みを止め、自然とエミリの手を離した。
『ん? どうしたの?』
いつの間にかタメ語になった彼女は、キラキラとした笑顔で俺を振り向く。
サワサワと風が吹いて木々の葉を揺らす中、俺はその場に立ち尽くしてエミリを見つめる。
『俺、格好悪くない?』
『え?』
エミリは、何を言われたのだか分からないという顔で聞き返す。
『俺、今日エミリに何もいい所を見せられてない。高い所で怖がって悲鳴を上げて、脚なんて震えてるし、今なんて転んだし。……君に結婚してもらいたいって思ってるのに、こんな頼りない姿を見せて……』
そこまで言って、あろう事か涙が滲んだ。
脳裏に母の表情、声が蘇る。
〝こんな事もできないの? 篠宮家にいる資格はないわね〟
それは尊に向けられた言葉なのに、俺の心にも深く刺さっていた。
――期待に応えられないのが、一番怖い。
――『そんな人だと思わなかった』と見放されて、軽蔑されるのが怖い。
唇を震わせてエミリを見つめる俺の目から、ツ……、と涙が流れていく。
初回のデートでいきなり泣くなんて最悪だ。
絶対フラれるに決まっている。
エミリは少し沈黙したあと、俺に近寄り両手で頬を包む――、と思いきや、バンッと叩いた。
『痛いっ!』
驚いて目を丸くすると、彼女は呆れたように言った。
『叩いたんだから、痛いのは当たり前。地上十メートルの高さにいたら、誰だって怖いでしょ。スリルがなかったらアスレチックの意味がないんだから。それに体操選手じゃないんだから、ジップラインから華麗に着地するのも無理』
真顔で言ったあと、エミリは優しく笑う。
『私、最初に〝演技をしないで〟って言ったわよね? あれは仕事上での事だけど、付き合いたいと思うなら、当然プライベートでもよ。私は弱点のないスーパーマンとなんか結婚したくないの。私は人を好きになりたい。自分に欠点があると分かっているから、相手にも完璧なんて求めないわ。……あなたは立場上、大勢の人に期待されただろうけど、私の事を好きになったなら、私の前でぐらい素を見せてよ。……格好悪くたっていいじゃない。こんな篠宮風磨を知ってるのが私だけって思えるの、素敵だわ』
グスッと洟を啜って涙を拭うと、彼女はポケットからティッシュを出して差しだしてきた。
『男の子でも泣いていいけど、みんなが見ている前は推奨しないわ。私が泣かせたみたいじゃない』
カラリと笑って言う彼女を見て、心底好きだと思った。
コメント
1件
うわぁ…風磨くん、めっちゃ頑張ってきたんだなって伝わってきた🥺 「格好悪い自分」を見せるのが怖くて涙するシーン、胸がぎゅってなった。 でもエミリが「完璧なんて求めない」「私だけが知ってるって素敵」って言ってくれたの、本当に優しくて泣ける😭 叩いてからの笑顔、ギャップがまた良いよね…。 臣桜さんの描く重さと温かさのバランス、本当に好きです。次もゆっくり読ませてください🌙
臣桜
50,509
畝澄ヒナ
119
#短編
五來 小真
29