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こちらが何をどう言っても優斗と両親には通じない。
しかし、彼らもそうだった。何をどう言っても川喜多さんには響かない。
ただ感情的な発言をする彼らに対し、常識に照らして発言する川喜多さん。
適うわけがないと判断したのか、優斗父が静かに言った。
「もういい。わかった」
優斗父の言葉に、他のふたりが呆気にとられて彼を見つめる。
「優斗、彼女と別れろ。これ以上お前は面倒なことを起こすな」
「なっ……俺がどうして」
「世間体が悪いだろう。別れれば済む話なら問題ない。また他の娘を探せばいいだけだ」
優斗父はまるで使用人を探すかのように女を見ている。それが無性に腹が立つ。けれど、彼はもっと苛立つことをわざわざ私に向かって言い放った。
「よく見ろ。こんな娘のどこがいいんだ? 気が強い、男を立てることもしない、女のくせに仕事しか能のない娘と結婚しても山内家を盛り立てていくことはできないだろう?」
逆に訊きたい。あなたの家は盛り立てていくほどのすごいおうちなのですか?
財閥ですか? 会社経営者ですか?
あなた会社員ですよね???
「今なら失敗しなくて済むぞ」
さすがにカチンとして思わず反論した。
「お言葉を返すようですが、そのような考え方をする家の人間と関わりたいと思う人がいるでしょうか? 私はもう二度とごめんです」
今まで優斗父の顔を立てて発言を控えてきたけど、もう言いたいことは全部ぶちまけることにした。
「あなた方の価値観はあなた方だけで共有してください。どうか他人を巻き込まないで。これ以上私と同じ思いをする女性を増やしたくありません」
「なっ……君は」
「女はこうすべき、などと男性の方に言われたくありません。どうして自由が約束された時代でそんな生き方をしなければならないのですか? 女には女の権利があります」
まさか反論されるとは思わなかったのだろう。優斗父は真っ赤な顔で憤慨し、拳をきつく握りしめた。そして優斗に向かって言い放つ。
「ほら見ろ。いちいち男に反論する生意気な娘だろう。俺は最初から気に入らなかったんだ。こんな女がいるから世の中が乱れているんだ」
それに対し、かちんと来たけど、私より先に川喜多さんが口を挟んだ。
「ご主人、それは紗那さんへの誹謗中傷としてこちらは訴えることもできますが?」
「くっ、いちいち揚げ足を取るんじゃない!」
「事実を述べているだけです」
優斗父は分が悪いと思ったのか、拳を握りしめたまま黙った。
川喜多さんはひと呼吸を置いて冷静に告げる。
「では、結論が出たところで慰謝料の話に移りましょう」
優斗とその両親は「は!?」という目で彼に注目した。
「当然です。紗那さんは不貞による婚約破棄とパートナーからの暴言で精神的苦痛を受けたのですから相応の慰謝料をいただくことになります」
呆気にとられている優斗と優斗母をよそに、優斗父が渋い表情で訊ねた。
「いくらだ?」
「100万です」
川喜多さんの返答に私を含め全員が「ええっ!?」と大声を上げた。
そんな高額だなんて聞いてない。たしか相場は30万くらいだって言っていなかったっけ? 妊娠中とかDVで怪我をしたとかなら100万相当もらえるとは聞いていたけど、さすがに法外な金額ではないだろうか?
これについては優斗父が反論する。
「そんな金が払えるわけないだろう。減額しろ!」
「では80万でいかがでしょう?」
「高すぎる! たかが婚約破棄だろ!」
「では調停にしますか?」
「そんな恥さらしなことができるか!」
「では和解に向けて話し合いましょう」
優斗父は再び黙ってしまった。
結局、慰謝料は30万の請求で落ち着いた。事前に話し合って決めておいた通りだ。もしかして、優斗父が渋ると思ってわざと高めに提示したのだろうか。
そんな疑問を口にする間もなく、川喜多さんが鞄から一枚の紙きれを取り出して優斗に見せた。
「あなたにはここに書かれた文面を厳守していただきたく思います。つきましては目を通していただいたあとサインをしてください」
その文面を見た優斗はぎょっとした目で川喜多さんを睨んだ。
「何だよこれ。紗那に一切近づくなとか、同じ会社なのにそんなことができるわけないだろ?」
「あなたが彼女を見かけたら距離を置いてください。話しかけることは禁止です」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけねーんだよ!」
「破るなら警察に連絡することになりますが?」
優斗は「くそっ!」と声を上げてやけになったようにくしゃくしゃとサインをした。
接近禁止命令ほどではないけど、ある程度の効力はあるだろう。
私は少しばかり安堵した。
すべての話し合いが終わろうとしているところだった。ずっと黙り込んでいた優斗母が急に声を上げたのだ。
「どうして? こんなの納得いかないわよ」
全員が優斗母に目線を向けると、彼女は怒りの形相で声を震わせながら叫んだ。
「どうして紗那さんだけこんなに優遇されるのよ?」
優斗母の発言に意味がわからない私はただ眉をひそめる。
すると彼女はバーンッと勢いよく両手をテーブルに叩きつけた。
「あたしはお父さんに浮気されてもひたすら耐えてきたのよ!」
その発言に優斗父が仰天した。
「お前、何を言い出すんだ?」
「だってそうでしょう? 不倫は男の甲斐性だってあなたのお義母さんが言ったのよ! あたしはずーっとお義母さんにお前が悪いって責められて、あなたの不倫を許せと言われてきたのにどうしてなのよ!」
「そ、それは今関係ないだろう」
「あるわよ! あたしは耐えたのにどうして紗那さんは耐えられないの? こんなの理不尽だわ!」
優斗母はわざわざ私を睨みながらそう言った。
だけど、自分がされて嫌なことを私にも強要しようとしてたなんて、ただの身勝手で同情の余地もない。
優斗父が焦りながら声を荒らげる。
「いい加減にしないか! これ以上他人に恥を晒すんじゃない!」
「あたしは誰よりも世間体を大切にしてきたわよ! あなたのお母さんの命令どおりにやってきたわよ!」
「それとこれとは関係ないだろう? 家のことを他人の前で話すなと言っているんだ」
優斗母は再びぎろりと私を睨みつける。
「紗那さんだけずるいわよ。あなたが被害者ヅラするなら、あたしだって被害者だわ」
優斗母は怒りの形相で和室を出て、しばらくすると包丁を持って戻ってきた。
その姿に全員驚愕し、優斗は慌てふためいた。
「母さん、何やってるんだ!」
「紗那さん、あなたのせいでうちの規律が乱れたのよ。ここで死んでやるわ!」
意味がわからない。私はどう反応したらいいか判断できず、ただ固まってしまった。
すると優斗父が手を伸ばし、優斗母の腕を掴んで揺らした。
「馬鹿なことをするな!」
三人が大騒ぎしていると、かしゃりと乾いた音が響いた。
川喜多さんが包丁を手に暴れる義母の姿を冷静にスマホで撮影したのだ。
それを見た優斗父がさらに慌てた。
「あなた、何をやっているんだ?」
「お母さまの狂乱ぶりを証拠として収めておこうと思いまして。もし依頼者の紗那さんが怪我をするようなことがあれば速やかに警察に届け出ることができますから」
淡々と告げる川喜多さんに私はもう開いた口がふさがらない。
「ふざけるな! そんな勝手なことは許さん」
「それなら早く奥さまをお止めしたらいかがですか?」
優斗父は、泣きながら固まる優斗母から包丁を取り上げるとそれを畳に放り捨てた。
優斗母は「紗那さんのせいよ!」と畳に座り込んで泣いた。
「本当に君のせいでうちはとんでもない被害をこうむった。こちらが慰謝料をもらいたいくらいだ」
優斗父は私を睨みつけながらそう言った。
めちゃくちゃな言い分だ。
しかし川喜多さんが冷静に告げる。
「いいですよ? 訴えていただいても。こちらはいくらでも迎え撃つ準備はしておきますので」
優斗父は「くそっ」と言い捨て、優斗本人はこの状況が理解できないのか放心状態になっていた。
川喜多さんは優斗のサイン入りの書類をすべて鞄に仕舞い込むと、私に声をかけた。
「では紗那さん、帰りましょう。我々の交渉は終わりです。あとはご家族で話し合われることでしょう」
すると優斗がハッとした表情で口を挟んだ。
「待てよ。俺の家をめちゃくちゃにして、責任取れよ」