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眩しい日差しに目を細めて、頭だけを起こすと、そこには昨晩の二人の余韻が――ゲームソフトが散らばっていた。
私の体の腕に絡まった筋肉質の腕が重たい。
わぁ、いい筋肉ですね。
思わず、つかんで撫でてしまった。
「ひ、ひえっ!」
抱き締められている私の体と一野瀬部長の寝顔。
バッと周囲を見回す。
うわ、高級マンション!
有名な海外メーカーの家具だし!
当たり前だけど、私の部屋じゃない。
「ん……鈴子。もう起きたのか」
「もうじゃないです! い、いつの間にこんなことをしたんですか!?」
だ、だ、抱き締めて眠るなんて。
いや、ラッキーだったけど(ありがとうございます)。
「あー。寝過ぎた」
起きたばかりの一野瀬部長は頭が回らないようで、私の質問に答える余裕はないようだった。
ぼうっとした顔で、一野瀬は時計を見る。
「隣のホテルで朝食を食べるか」
「あ、は、はい……」
昨日と同じスーツだけど、これ、大丈夫かな。
まだ早いし、着替えに戻る時間くらいはあると思う。
一緒にご出勤だけは避けなくてはならない。
浜田さんのネタになってしまう。
あの澄ました顔の浜田さんがガッツポーズしている様子が目に浮かぶ。。
そんなことを思いながら、一野瀬部長と一緒に部屋を出た瞬間、ガチャリと隣の部屋のドアが開いた。
「うわっ! 新織さん……と貴仁」
「俺をオマケ扱いするな」
すごく気まずい遭遇だった。
これじゃ、私と一野瀬部長が朝チュンしたみたいじゃないのっー!
朝チュンだけど、朝チュンじゃないの!
私が言い訳する前に、葉山君が一野瀬部長に詰め寄った。
「まさか、貴仁。新織さんと今まで一緒にいたのか!?」
「まあな」
なぜか私じゃなくて、一野瀬部長が答えた。
しかもドヤ顔。
「ううっ! 最悪だ。なんで貴仁なんかと……」
「あの、これは誤解で……」
「一晩、たっぷり楽しんだよな? 鈴子?」
あ、わざとだ。これ。
「二人でゲームをしていただけです!」
「おい、貴仁! いくらゲーム好きだからって、新織さんにどんなプレイさせてんだよ!?」
「一般的なプレイだが?」
「な、なんて奴だ」
だめだ。
なにを言っても誤解されちゃってる。
ちらっと一野瀬部長を見ると、悪い顔で笑っていた。
確信犯――額に手をあてた。
葉山君も隣のホテルで朝食らしく、一緒にマンションを出た。
ホテル前の二人の姿。
これはっ!
『俺を激しく愛してくれよ!』の朝のシーンに使えるんじゃない!?
ズサッと二人の背後に回り込んだ。
ミニ鈴子たちが軍服姿でザッと現れた。
『ふっ! 敵の背中をとるのは戦術の基本』
『高級ホテルに二人で入っていく姿を目撃するモブ女鈴子』
『もしかして、あの二人付き合っているのかな? ドキドキ』
『そんなモブ女鈴子は二人の関係を知ってしまう』
『二人は恋人同士なの!?』
『モブ女鈴子は二人の仲を疑い始めた……』
モブモブ、言うな?
確かに二人と一緒だとモブ女感がハンパない。
ほとんど徹夜だったというのに一野瀬部長はいつもどおり。
葉山君はまだ髪がきちんと整えられてなくて、ふわふわとした寝癖が残っていた。
それがまた可愛らしい。
イケメンは何をやっても絵になるわね。
うらやましい。
「晴葵。寝癖がついたままだぞ」
「わかってるよ」
一野瀬部長が葉山君の髪に触れた。
バーンッ!
ハートを撃ち抜かれ、あまりの衝撃によろめいた。
素晴らしい、素晴らしいです。
感動のあまり涙がにじみ、目元を指でぬぐった。
「鈴子? どうしてそんなに離れているんだ?」
「あっ! 私のことはお気になさらず!」
もっとスキンシップしていてもよかったのに、二人は離れてしまった。
あぁ……終わった。
私のボーナスタイム。
がっくり肩を落とした。
葉山君はさっさとホテルの入り口へ入っていった。
私を待っていた一野瀬部長は手を握る。
カミングアウトまでしたのに、私がなにを喜ぶかわかってないですね。
これを葉山君にして欲しかったんですよ。
恨めしい目で、一野瀬部長を見上げた瞬間――
「一野瀬と新織!?」
|遠又《とおまた》課長がTシャツ短パン姿で現れた。
日焼けした体が汗だくだ。
朝からどれだけの距離を走っているのか、息を切らせていた。
そういえば、趣味で朝からランニングしていると言っていたかも。
「お前たち、まさかっ」
「付き合っているけど?」
趣味は隠しても、女性とのお付き合いは隠さない一野瀬部長は『それがなにか?』と腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「この二股男が! 社長の娘はどうするつもりだ!」
「いや、付き合ったこともなければ、婚約を申し込んだ事実もない」
「お前と結婚したくて、彼女は海外支店から戻ってきたんだぞ。事故にあったのも別れ話のもつれだろう?」
「それはただの噂だ。事実じゃない」
「なるほど。社長令嬢の申し出を断わったということか。ふん! お前がいつまでも社長のお気に入りでいられると思うなよ? お前はもう終わりだ!」
なにこの日曜朝の悪役みたいなセリフ。
リアルで初めて聞いちゃったわよ。
冷めた目で遠又課長を見る。
「自分の娘が弄ばれたと知ったら、お前の信用はガタオチだ! 新織、悪いことは言わない。こいつは左遷される身だ。早く別れた方がいいぞ」
「左遷って……。一野瀬部長は付き合っていないと言ってますけど……」
好意を持っていそうだなというのは、薄々気づいていた。
昨日、紀杏さんは私になにを言ってたっけ?
……ダメだ。
なにも思い出せない。
浜田さんのキャラと一野瀬部長のキャラが濃すぎて、頭に残っていなかった。
それに、浮かんだネタを早く文字にしたくて、帰ってすぐに『俺を激しく愛してくれよ!』をノリノリで書いてしまった。
そのせいで、思い浮かぶのは一野瀬部長×葉山君のラブラブシーンだけ。
しかも、その後はゲーム三昧。
とりあえず、成り行きを見守ろう。
せめて、『私、ちゃんと事情知ってますよ』という態度だけは見せておくことにした。
「俺の左遷理由を探すのに苦労しているな? 俺を左遷したがっているのは常務一派だろ?」
「ふ、ふん、次の社長は常務だ! お前が身内でもないのに、乙木ホールディングスの社長の椅子を狙っているのはわかってるんだよ!」
「は? まったく狙ってないんだが?」
「嘘をつけ! 社長になりたくて、社長の娘をたぶらかしたんだろうが!」
「だから、社長から世話を頼まれただけで、付き合っていない」
「はっ! おおかたフラれて、当てが外れたんだろ?」
遠又課長は何が何でも一野瀬部長に難癖つけて、引きずり落そうとしているのが丸わかりだった。
出世争いはけっこうなことだけど、あまりにも見苦しい。
「遠又課長。遅刻しますよ。遅刻すると印象が悪くなるんじゃないですか?」
「むっ!? もうこんな時間か! くそ! 一野瀬め! 俺をハメたな?」
「勝手にしゃべっていたのはお前だろ? 早く行けよ」
うんざりした顔で一野瀬部長は言って、私の肩を抱いた。
「行こう、新織」
「は、はい」
遠又課長にサッと背を向けた。
そのせいで、遠又課長がなにをしているのか気づいていなかった。
遠又課長はホテルの中へ入っていく私と一野瀬部長の姿をスマホで撮影していたのだった――