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|乙木《おとぎ》ホールディングスには常務派と社長派の二大派閥がある。
常務が次期社長の椅子を狙っているのは、私たち社員も薄々気づいていた。
噂によると、有力な社長候補は二人。
社長から、実の息子のように気に入られている一野瀬部長。
そして、血縁関係にある常務。
この二人である。
あくまで噂だから、私たちのような上層部と無縁の社員は誰になるんだろうくらいの感覚だった。
ただ一野瀬部長派が多いことは確かだ。
会社を改革してくれた人だし、仕事もできるから、やっぱり人気がある。
そんなすごい人の彼女が、私で本当にいいのだろうか。
こんな変態で本当にいいのだろうか(大事なことなので二度言いました)。
一野瀬部長は朝食を食べ終わり、いったんマンションの部屋に戻ると、着替え一式を百貨店の外商に届けさせた。
――普通の会社勤めの部長が、外商と付き合いがあるって、おかしいでしょ?
よくよく考えれば、部長暮らすが住めるマンションとは思えない。
聞くと、母方の祖父からもらったもので、葉山君も同様に部屋をもらったとか。
それで、お隣同士らしい。
実家はかなりのお金持ちで、乙木ホールディングスの社長を狙うような人ではない気がした。
むしろ、実家の会社を継ぐ可能性のほうが高い。
一野瀬部長が着替えを用意してくれたおかげで、昨日と同じ服装は免れた (しかもサイズはぴったり)。
昨晩、ゲームをしている時は、まるで男子小学生だたのに、社内に一歩、足を踏み入れた瞬間、表情が変わった。
将来有望、超エリート男。
頼れる部長で、社長の椅子を狙えるくらいの人。
――私でいいんですか?
一野瀬部長を知れば知るほど、そんな気持ちになる。
だって、私にはまだ秘密があるのよ?
お部屋大公開をやってない。
あの大量のBL本を目にしても、まだ私を好きでいてくれる?(捨てる気はない)
重く長いため息をついた。
「あら、どうしたの? 新織さんたら溜息なんてついて、悩みごと?」
「浜田さん……」
相談したいけど、相談したらネタにされてしまう恐れがある。
それだけは避けたい。
「新織さん。旅行の部屋割りだけど、常務派と社長派は別にしたほうがいいわよ」
浜田さんが考えた部屋割りを私にくれた。
「助かります! ありがとうございます! 天使ですか?」
「でも、見返りはもらうわよ」
「見返りですか?」
すいっと浜田さんが顔を近づけてきた。
「さっき営業部に行ったら、噂になってたわよ。一野瀬部長と新織さんが付き合っているって。画像付きの社内メールが回ってるみたいよ」
「へ?」
ネタはあがっているんだよ!といわんばかりに浜田さんが社内メールを見せてくれた。
朝、私と一野瀬部長がホテルに入っていくところの姿。
誰が撮ったかなんて、すぐにわかる。
あの細マッチョめ~!
しかも、私と一野瀬部長以外に社内メールを回す姑息さ!
どおりで後輩達が静かだったわけよ。
私に対する態度もどこか冷たかった。
「で、どうだったのかしら?」
浜田さんだけが、イキイキしている。
興味津々で私に聞いてくる始末。
「詳しく言うわけないでしょう?」
浜田さんはがっかりしていた。
ちゃっかり画像を保存してるし。
「消してくださいよ」
「これをみて、想像を膨らませようと思ってるの」
「絶対やめてください!」
さっと手を伸ばしてゴミ箱行きにしてやった。
「あっ! なにするのよ」
削除っと。
ふう、危機は免れた。
「新織さん。ひどいことするわね。一野瀬部長と葉山君をネタにしておいて、自分の身は守ろうだなんて汚いわよ!」
「それとこれは別です。あの二人は妄想。これは実際の話になっちゃうでしょ!」
私と浜田さんが言い争っていると、後輩たちが戦々恐々としていた。
「浜田さんと新織さん。喧嘩しているわよ」
「あれじゃない? 新織さんが部長と付き合っていることが判明して、浜田さんがイライラしてるとかじゃないの?」
「ありえるー」
浜田さんはさすがに嫌そうな顔をした。
ですよね……
失礼よ、これはただのじゃれ合いですと私が訂正しようとした瞬間、明るい声が響いた。
「すみませーん。スティックシュガーが切れてたんですけど、どこにありますかねー?」
葉山君がタイミングよく中に入ってきた。
一気に空気が華やいだ。
後輩達は私と浜田さんのことはどうでもよくなったらしく、葉山君にワラッと群がった。
「私がとりにいってきます!」
「いいえ、私が行きますっ!」
後輩たちは『私がっ、私が行くわよっ!』と先を争いながら、スティックシュガーのために何人も姿を消した。
おいおい、何人で運ぶつもり?
どれだけ重いスティックシュガーなのよ……
「スティックシュガーなら、私が昨日補充したばかりだからまだあると思うけど?」
浜田さんがそう言うと、葉山君はにこにこと笑って答えた。
「そうでしたっけ? じゃあ、俺の勘違いです」
ふいっと顔を背け、浜田さんは自分の席に戻った。
そして、いつもの浜田さんらしくロボットのように仕事を始めた。
「新織さん。メールを見た?」
葉山君は声をひそめて私に言った。
その話をしたかったのだと気付いた。
「見たけど、遠又課長はどうしてあんなことをしたの?」
「たぶん、貴仁の弱点になると思ったからじゃないかな? 社長令嬢は貴仁に未練があるっぽいしさ。社長が娘可愛さに、貴仁に結婚してくれって頼むかもしれない」
「まさか、社長の椅子と引き換えに、娘との結婚をお願いするってこと?」
「たぶんね。で、貴仁の性格を考えたら、新織さんと付き合っている限り、申し出は断るだろーなー。貴仁が社長になれる可能性がなくなるのは確実だね。そして常務が社長となる。それが狙いかなって」
私のせいで一野瀬部長の出世がなくなる。
つまり、左遷されるぞと遠又課長が脅していたのは嘘やハッタリなんかじゃなかったということ。
――私はどうしたらいいの?
こんな事態を想像しておらず、困惑しかない。
「新織さん。俺と付き合えば? そうすれば、貴仁との噂がなくなって、常務達の企みは回避できるよ? どう?」
葉山君はとんでもない提案をしてきたのだった――