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11月も後半。白鳥沢の広い敷地内を吹き抜ける風は、すっかり冬の冷たさを帯びていた。
放課後。部活へ向かう工くんと、昇降口でばったり会う。
「……うう、寒い。工くん、よくそんな薄着(ジャージ)で平気だね」
私は首をすくめて、コートの襟をぎゅっと合わせた。
工くんは「フッ」と不敵に笑い、自分の胸を叩いた。
「バレー部の練習は年中熱いからな! これくらい、エースの体温で……って、前原、お前、顔白いぞ。大丈夫か?」
心配そうに覗き込んでくる工くん。
私はわざと、かじかんだ自分の手を彼の頬にぺたっとくっつけた。
「……冷たいでしょ? 氷みたいだよ」
「っ、……つめたっ!! お前、本当に冷えてるじゃないか!」
工くんは飛び上がって驚いた後、慌てて自分の首に巻いていたタオル(またはスポーツマフラー)をバサッと私の首に巻きつけた。
部活のロゴが入った、少し使い込まれたマフラー。
「……ほら、これ巻いとけ! 俺は走れば温まるからいい!」
「えー。工くん、優しいね。……でも、これ。工くんの匂いがする」
私がマフラーに顔を埋めてクスクス笑うと、彼は「匂いって……っ、変なこと言うな! 柔軟剤だ!」と、一瞬で顔を真っ赤にした。
「……ふふ。工くん、本当は私に貸したくて、わざと持ってきてたんでしょ?」
「ち、違う! たまたまだ! 偶然だぞ前原!!」
そこへ、体育館から出てきた2年生の白布先輩が通りかかる。
「……おい五色。いつまで油売ってんだ。……つーか、お前、マフラーは?」
「あ、白布さん! マフラーは、その、前原が凍死しそうだったので、人道的支援を……!」
「……死なねーよ、それくらい。……前原も。こいつ、マフラー忘れると練習中に『寒い、寒い』ってうるせえから、さっさと返してやれ」
白布くんの冷ややかなツッコミ。
工くんは「言いませんよ! 俺は寒さなんて克服してます!」と必死に反論しているけれど、耳まで赤くなっているのは隠せていない。
「……工くん。……ありがと。明日、洗って返してあげるね」
私はマフラーをぎゅっと握りしめて、彼を真っ直ぐに見つめた。
からかっているはずなのに、彼の「温もり」が首元から伝わってきて、私まで少し顔が熱くなる。
「……おう。……明日、絶対忘れずに持ってこいよ。……忘れたら、また俺が……貸してやるからな」
ぶっきらぼうに言い捨てて、工くんは逃げるように体育館へと走っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は彼の匂いがするマフラーに、もう一度だけ顔を埋めた。
放課後の校門前。私は部活に向かう工くんを待っていた。
昨日貸してもらったマフラーを、丁寧に畳んで紙袋に入れ直して。
「あの、すみません。……白鳥沢の方ですよね?」
不意に声をかけてきたのは、見慣れない制服を着た他校の男子だった。
手にはスマホ。少し緊張した面持ちで、私をじっと見つめている。
「……はい、そうですけど。何か?」
「あ、いや。……すごく綺麗だなって思って。もしよかったら、連絡先教えてもらえませんか?」
(……おっと。これは、いわゆるナンパ?)
いつも工くんをからかってばかりの私だけど、ストレートに他人に来られると少し戸惑う。
「えーっと……」と言葉を選ぼうとした、その時だった。
「――おい! 何やってんだ、お前!!」
地響きのような声とともに、猛烈な勢いで誰かが割り込んできた。
バレー部のエナメルバッグを肩にかけ、鼻息荒く立ち塞がったのは……もちろん、工くんだ。
「なっ、なんだ君は!? いきなり割り込んで……」
「俺は、こいつのクラスメイトだ! 五色工だ!!」
工くんは仁王立ちになり、男子を鋭い目つきで睨みつける。
いつもは私にからかわれてフニャフニャしている彼が、今は「白鳥沢のエース」としての威圧感を全開にしていた。
「前原は……こいつは、忙しいんだ! 勉強もバレーの応援も、俺の……俺の隣の席でやることが山ほどあるんだぞ!!」
「えっ、あ、……すみませんでした!」
工くんの迫力に押されたのか、男子は脱兎のごとく逃げ出していった。
静まり返る校門前。
工くんはまだ肩を上下させながら、逃げていった男子の背中を睨みつけている。
「……工くん。かっこよかったね、今の」
私がクスリと笑うと、工くんはハッと我に返ったようにこちらを向き、一瞬で顔を耳まで真っ赤に染めた。
「っ、……ま、前原! お前、不用心すぎるだろ! あんな怪しい奴についていこうとするな!」
「ついていこうなんてしてないよ。断ろうと思ってたところに、ヒーローが来たからびっくりしちゃった」
「ヒ、ヒーローって……っ」
工くんは視線を泳がせ、カバンのストラップをぎゅっと握りしめた。
「……当たり前だ。お前は……お前は、俺の隣だろ。他の奴に、連絡先なんて……教えなくていいんだ」
語尾が少しだけ小さくなる。独り言のような、でも確かな独占欲。
私は貸していたマフラーの袋を、彼の胸にそっと押し当てた。
「……ふふ。工くん、嫉妬?」
「し、嫉妬じゃない! 俺は……治安維持だ! 秩序を守っただけだ!」
必死に言い張る工くん。でも、繋がれた視線は離れない。
逃げていった男子の背中を見送り、肩を怒らせて仁王立ちする工くん。
その横顔は、まだ興奮で少し上気している。
「……まったく! 前原、お前は隙がありすぎるんだ! もっと危機感を持て!」
「はーい。……でも、工くん。今のすごかったね。私、ちょっとドキドキしちゃった」
「ど、ドキドキ……!? 当たり前だ! 俺は白鳥沢のエース候補……って、なっ、……」
私が一歩、彼の懐に踏み込むと、工くんは言葉を詰まらせて一歩後退した。
でも、私は逃がさない。彼の制服の袖をぎゅっと掴んで、上目遣いでじっとその瞳を見つめる。
「……ねえ、工くん。さっきの、どういう意味?」
「どういう意味って……だから、クラスメイトとして……」
「『連絡先なんて教えなくていい』……って。それ、ただのクラスメイトが言うセリフじゃないよね?」
至近距離。
工くんの瞳の中に、動揺している自分の姿が映る。
彼は金魚みたいに口をパクパクさせた後、視線を右へ左へと激しく泳がせた。
「……それは……その、お前が変な奴に騙されたら、俺が……俺の、調子が狂うからだ!」
「ふふ、嘘つき。……工くん。私のこと、そんなに好きなの?」
「っ……!!???」
トドメの一撃。
直球すぎる私の言葉に、工くんは一瞬で「沸騰」した。
顔から首筋、そして耳の先まで、まるで赤いペンキを被ったかのように一気に染まっていく。
「な、なななな何を……っ!! お、お前……っ!!」
「好きじゃなかったら、あんなに必死に助けに来ないよね? ……ねえ、どっち?」
わざと小首を傾げて、彼の顔を覗き込む。
工くんは、カバンのストラップをちぎれんばかりに握りしめ、今にも爆発しそうな顔で叫んだ。
「……う、うるさーーーい!! お前、本当に……っ、からかいすぎだ!! バカ!!」
彼は真っ赤な顔のまま、逃げるように体育館の方へと走り出した。
でも、数メートル走ったところで急に立ち止まり、振り返らずに、でもはっきりとした声でこう叫んだ。
「……好きじゃなきゃ、……あんなこと、言わないだろ!! 察しろバカ!!」
そう言い残して、今度こそ猛烈なスピードで消えていったエースの背中。
(……あ。……自爆した)
「察しろ」なんて言いながら、自分の口で答えを言ったも同然だ。
残された私は、冷たい冬の空気の中で、自分の頬が工くんに負けないくらい熱くなっているのに気づいて、一人で小さく笑った。
「……ふふ。工くん、本当にからかいやすいなぁ」
私の独り言は、冬の風に溶けて、赤くなった彼の背中を追いかけていった。
コメント
1件
もうくっつけよっ!!